山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第4章 暗闇に散る花
都でも五本の指に数えられるという商人李蘭輝の屋敷が少し離れた斜め前に見えている。ぐるりと取り囲んだ塀越しに松が道まで枝を張り出していた。
間近で見ても、両班のように豪勢な暮らしぶりだとつくづく思わずにはいられない。宏壮な屋敷とよく手入れのされた庭―、現実として、名ばかりの下級両班よりは、よほど豪奢な生活だ。
少なくとも、凛花の父申ソクチェは、蘭輝の奢侈な生活にははるかに及ばない質素な暮らし向きだろう。そんな父に育てられた凛花もまた、意外に節約家である。
しかし、文龍の眼には、義父と凛花の慎ましい暮らしぶりは好ましく映じていた。その点、凛花は良き妻となり、家政を上手く取り仕切るに違いない。
文龍の実家である皇氏は建国以来の名家で、もちろん礼曹判書の体面に見合うだけの暮らしは維持しているが、父秀龍もまた基本的には華美贅沢を嫌い、万事つづましやかであることを好んだ。
皇氏の若夫人となって、屋敷内を切り盛りする凛花の姿を思い描いている中に思わず頬が緩んでくる。母春泉は数年前にこの世を去った。もし母がまだ生きていたなら、凛花の母代わりとなって色々と教えてくれるだろうと思うと、残念だ。
だが、凛花は聡い娘だ。教えられなくても、一つ一つ自分で経験しながら憶えてゆくと文龍は信じていた。
ここは漢陽の外れということもあり、周囲にはちらほらと民家が見える。中には蘭輝には及ばないものの、それなりに羽振りの良い商人の屋敷もある。とはいえ、都のど真ん中に比べれば、閑静な佇まいを見せている。
その意味では、蘭輝の屋敷はネタン庫から運び出した財宝の絶好の隠し場所ともいえよう。
荷車が文龍の眼の前で停まった。屋敷の門が軋んだ音を立てながら開き、中から夜陰に紛れるように、ゆっくりと大柄な人物が歩いてきた。歩き方一つ取っても、その堂々とした居住まいから、その人物が大物だと判る。
今夜、ここに右議政が来ていないことは予め調査済みだ。しかし、朴真善の不在は、この際、問題ではなかった。動かぬ証拠を押さえてしまえば、すべてはこちらのものなのだ。
既に、相方もこの近くまで来ているはずである。文龍はまなざしに力を込め、前方を真っすぐに見据えた。
間近で見ても、両班のように豪勢な暮らしぶりだとつくづく思わずにはいられない。宏壮な屋敷とよく手入れのされた庭―、現実として、名ばかりの下級両班よりは、よほど豪奢な生活だ。
少なくとも、凛花の父申ソクチェは、蘭輝の奢侈な生活にははるかに及ばない質素な暮らし向きだろう。そんな父に育てられた凛花もまた、意外に節約家である。
しかし、文龍の眼には、義父と凛花の慎ましい暮らしぶりは好ましく映じていた。その点、凛花は良き妻となり、家政を上手く取り仕切るに違いない。
文龍の実家である皇氏は建国以来の名家で、もちろん礼曹判書の体面に見合うだけの暮らしは維持しているが、父秀龍もまた基本的には華美贅沢を嫌い、万事つづましやかであることを好んだ。
皇氏の若夫人となって、屋敷内を切り盛りする凛花の姿を思い描いている中に思わず頬が緩んでくる。母春泉は数年前にこの世を去った。もし母がまだ生きていたなら、凛花の母代わりとなって色々と教えてくれるだろうと思うと、残念だ。
だが、凛花は聡い娘だ。教えられなくても、一つ一つ自分で経験しながら憶えてゆくと文龍は信じていた。
ここは漢陽の外れということもあり、周囲にはちらほらと民家が見える。中には蘭輝には及ばないものの、それなりに羽振りの良い商人の屋敷もある。とはいえ、都のど真ん中に比べれば、閑静な佇まいを見せている。
その意味では、蘭輝の屋敷はネタン庫から運び出した財宝の絶好の隠し場所ともいえよう。
荷車が文龍の眼の前で停まった。屋敷の門が軋んだ音を立てながら開き、中から夜陰に紛れるように、ゆっくりと大柄な人物が歩いてきた。歩き方一つ取っても、その堂々とした居住まいから、その人物が大物だと判る。
今夜、ここに右議政が来ていないことは予め調査済みだ。しかし、朴真善の不在は、この際、問題ではなかった。動かぬ証拠を押さえてしまえば、すべてはこちらのものなのだ。
既に、相方もこの近くまで来ているはずである。文龍はまなざしに力を込め、前方を真っすぐに見据えた。