山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第4章 暗闇に散る花
時機を逸してはならない。いつ出てゆくかに、この任務成功がかかっていると言っても過言ではないのだ。ありったけの集中力をかき集め、文龍は相手の出方を見極めようとした。
その時、急にぽっかりと闇が割れた。闇色に塗り込められた空から、ひとすじの光が地上を照らした。都の上に垂れ込めていた黒雲の間から、円い月が姿を見せたのだ。
李蘭輝の顔が夜目にもはっきりと見えた。その瞬間、文龍は息を呑んだ。
何と美しい男だろう!
蘭輝の似顔絵は事前によく見て、人相は頭に叩き込んでいるはずなのに、実物を目の当たりにすると、似顔絵より更に秀麗な容貌だと認めざるを得ない。
李蘭輝という男は、大変な変わり者―、更に謎の多い人物として知られていた。
―蘭輝が異様人の血を引いているというのは真実だったのか!
清かな月光に照らし出された蘭輝は、腰まで届く長い髪を後ろで緩く束ねている。既にどう見ても二十代後半には達しているであろうのに、髪を結い上げてもおらず、身に纏っているのは、この(朝)国(鮮)の衣装ではなく、どちらかといえば清国の伝統的衣装を彷彿とさせるものだ。
そのことは、蘭輝が清国で少年時代を過ごしたという逸話を思い起こさせた。
巷で囁かれている蘭輝の半生は実に数奇だ。清国で貿易商として活躍していた朝鮮人と異様人の母との間に生まれ、生後まもなく父親と共に朝鮮にやって来た。しかし、八歳のときに父親が親戚に陥れられて破算、父の友人の手筈で生命からがら父子共に清国へ渡った。
父は彼の地で失意の中に客死、清国で母親に育てられたものの、十六になって再び朝鮮へと舞い戻ってきた―、それがよく知られる蘭輝の一般的な経歴だ。
異様人だという母親は一体、何者だったのか。何故、髪や眼の色が違う異様人が清国にいたのか。すべては謎であった。
大抵の場合、どのように秘密めいた人物であっても、義禁府の入念な調査と情報収集力をもってすれば、自ずと明るみになるものだ。しかし、蘭輝だけは唯一の例外であった。
どれだけ調べてみても、彼について一般に知られている以上のことは出なかった。
その時、急にぽっかりと闇が割れた。闇色に塗り込められた空から、ひとすじの光が地上を照らした。都の上に垂れ込めていた黒雲の間から、円い月が姿を見せたのだ。
李蘭輝の顔が夜目にもはっきりと見えた。その瞬間、文龍は息を呑んだ。
何と美しい男だろう!
蘭輝の似顔絵は事前によく見て、人相は頭に叩き込んでいるはずなのに、実物を目の当たりにすると、似顔絵より更に秀麗な容貌だと認めざるを得ない。
李蘭輝という男は、大変な変わり者―、更に謎の多い人物として知られていた。
―蘭輝が異様人の血を引いているというのは真実だったのか!
清かな月光に照らし出された蘭輝は、腰まで届く長い髪を後ろで緩く束ねている。既にどう見ても二十代後半には達しているであろうのに、髪を結い上げてもおらず、身に纏っているのは、この(朝)国(鮮)の衣装ではなく、どちらかといえば清国の伝統的衣装を彷彿とさせるものだ。
そのことは、蘭輝が清国で少年時代を過ごしたという逸話を思い起こさせた。
巷で囁かれている蘭輝の半生は実に数奇だ。清国で貿易商として活躍していた朝鮮人と異様人の母との間に生まれ、生後まもなく父親と共に朝鮮にやって来た。しかし、八歳のときに父親が親戚に陥れられて破算、父の友人の手筈で生命からがら父子共に清国へ渡った。
父は彼の地で失意の中に客死、清国で母親に育てられたものの、十六になって再び朝鮮へと舞い戻ってきた―、それがよく知られる蘭輝の一般的な経歴だ。
異様人だという母親は一体、何者だったのか。何故、髪や眼の色が違う異様人が清国にいたのか。すべては謎であった。
大抵の場合、どのように秘密めいた人物であっても、義禁府の入念な調査と情報収集力をもってすれば、自ずと明るみになるものだ。しかし、蘭輝だけは唯一の例外であった。
どれだけ調べてみても、彼について一般に知られている以上のことは出なかった。