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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第4章 暗闇に散る花

 蘭輝は普段から滅多に人前に出ない。商談をする際でも、代理の者にさせる。たまに姿を見せても、薄い帳(とばり)越しの対面で、交渉相手は蘭輝の容貌をしかとは見られないように配慮されていた。
 それでも、何とか蘭輝を知るごく一部の者や噂を寄せ集めて、件(くだん)の似顔絵を宮中の図画(トファ)署(ソ)の絵師に描かせたのである。
 蘭輝の長い髪は今、月光に照らされて、淡く発光しているかのように輝いていた。まるで月の光を紡いだかのような髪は確かに黄金色に輝いており、月明かりに晒された白皙の膚は雪のように白かった。
 すべてが神の恩寵を受けたとしか思えないような完璧な造作であり、眩しいばかりの美貌である。その容貌は混血というよりは、文龍には全くの異様人そのものに見えた。
 身に纏っている清国式の丈長の上衣は淡い紫で、全体的に金糸銀糸で蓮の花が織り出されている。遠くから見ている限りでは、女性に見えないこともないほどの艶麗な美貌だ。
 だが、すっと伸びた背筋や広い肩幅は紛れもなく男性であり、しかも、かなりの鍛練を積んだ武芸者だと知れる身体つきをしている。
 あの男、ただの商人ではない。
 文龍は敵が予想外に手強いと知り、唇を強く噛みしめた。
 しかも、予期せぬことが起きるときは立て続けに起こるものだ。
「荷を手早く降ろすのだ」
 蘭輝が何か叫んでいるのに、その言葉が全く意味をなさない。茫然としている中に、漸く事態を掴みかけてきた。
 蘭輝が喋っているのは、清国の言葉だ。流石の文龍も清国語は操れない。
 蘭輝の傍に控える朝鮮人らしい男が車引きたちに向かって口早に指示している。小声なため、何を言っているのかは、この場所からでは聞き取れない。あの男は蘭輝の言葉を通訳しているのかもしれない。恐らくは、あれが蘭輝の片腕だという側近だろう。
 側近の言葉を聞いた男たちが慌てて荷車から荷を下ろし始めた。荷は外側から筵で包んであるため、一見して財宝を運んでいるようには見えない。
 男たちが寄ってたかって筵を剥ぐと、これも簡素な木箱が現れた。あの中に肝心の宝物が入っているのは疑いようもない。

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