山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第4章 暗闇に散る花
凛花は先刻から、気が気ではなかった。もうどれほどの間、ここで待ち続けていただろう。
丁度、李蘭輝の屋敷の斜向かいに、小さな空き家がぽつねんと建っていた。そこは同じ蘭輝の屋敷から斜向かいでも、文龍たちが待機していた場所とは空き地を挟んで丁度右と左に分かれているのだが、凛花がそのようなことを知る由もない。
つまり、文龍は蘭輝の屋敷が手前に見える道の右側から、凛花は左側から様子を見守っていたのだ。周囲に民家や屋敷がないことはないが、どれもかなりの距離がある。誰にも見つからずに身を潜めるには格好だった。凛花は蘭輝の屋敷がよく見える室の扉を細く開け、注意深く様子を窺っている。
あの手紙―朴真善が書いたと思われる―を見てからというもの、凛花は気が気ではなかった。幸か不幸か、あの日から十日ほどの間、今夜まで文龍と逢う機会はなく、日は過ぎた。
もし、文龍の顔を見てしまえば、勘の鋭い彼に何か気づかれるかもしれない。そうなれば、満月の夜に蘭輝の屋敷に駆け付けられなくなってしまう。
そして、今宵が次の満月の夜であった。
一体、文龍がどこにいるのかは判らないけれど、足手まといにはなりたくない。ゆえに、よほどのことがない限りは出てゆくつもりはなかった。ただ、文龍が右議政や内侍府長の不正を暴く任務についている―、そう知って、居ても立ってもいられなかったのだ。
夕刻から頭が痛いと言って、夕餉もそこそこに自室に引っ込み、布団にくるまっていた。更に夜半になり、布団を丸めた上に掛け布団をすっぽりと被せ、ちょっと見には凛花が眠っているように見せかけて、そっと部屋を抜け出してきた。
いつも一人で屋敷を出るときは塀を乗り越えているため、慣れた様子で塀を越えて抜け出してきたのである。運が良ければ、夜明け前までに戻れば、ナヨンには見つからずに済む。万が一、見つかってしまったときは、潔く叱られるつもりでいた。確かにナヨンをまた死ぬほど心配させてしまうことは確かなのだから、叱られても文句は言えない。
もし、文龍が危機に瀕するようなことがあれば、凛花は迷わず身を晒すつもりだ。女ではあるが、こう見えても、剣の腕はそんじょそこらの男には負けないと自負している。大切な文龍を凛花が守る。