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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第4章 暗闇に散る花

それにしても、文龍はどこにいるのか。このままでは、文龍の身に何かあったしても、判らない。凛花の中で焦りが募る。
 月夜のはずなのに、今夜は運悪く月は出ておらず、全くの闇夜だ。そのことも凛花の心細さを助長させていた。
 その時、遠くから車輪の回る音が聞こえてきた。音はどんどん近くなり、固唾を呑んで見守る凛花の前で大きな荷車が砂埃を巻き上げながら止まる。
 その時、ずっと闇一色に覆われていた空が二つに割れ、雲間から満月が見え始めた。そのお陰で、凛花の視界はぐっと鮮明になった。
 蘭輝の屋敷の門が開き、主人らしい長身の男が出てきた。男の顔立ちはここからではしかとは判じ得ないけれど、そのいでたちは随分と奇妙だ。凛花がいつか書物で見た絵―清国人の纏う服に似ている。
 恐らく、あれが李蘭輝だろう。蘭輝が何か声高に言っているが、その声もここまでは届かない。辛うじて、何をしているかが判る程度だ。
 車を引いていた逞しい男たちが荷を解き始めた。筵にくるまれたその下には何の変哲もない木箱であったが、ほどなく、凛花は危うく声を上げてしまうところだった。
 あろうことか、蘭輝らしい男が木箱の中から取り出したのは玉(ぎよく)の首飾りであった。何の玉石なのかは遠くて判らない。月明かりを浴びた首飾りがきらきらと光って見えるのは、夜目にも綺麗だった。
 凛花も若い娘である。こんなときなのに、状況もいっとき忘れて首飾りの輝きに見惚れた。
 と、いきなり後ろから大きな手で口許を塞がれた。
―何なの?
 凛花は、ありったけの力で暴れたが、哀しいかな、相手は大の逞しい男のようだ。ほどなく抱きすくめられ、一切の身動きを封じ込まれてしまった。
 この香りは―。
 凛花はハッとした。確か、二度目に漢陽の町で出逢った時、朴直善の身体から漂っていた香りと同じものだ。妙に甘ったるい女人が好むような香だったゆえ、よく記憶している。
 性格と同じで、香の趣味まで悪い男だと更に直善に対する印象が悪くなったのだ。
 では、あの執念深く凛花を狙っているという男が町の子どもに手紙を持たせ、ここまで呼び寄せた―?

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