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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第4章 暗闇に散る花

「貴様―!!」
 直善に連れられてきた凛花を認めた文龍が怒気で顔を歪める。
 その時。
 ヒュッと音がして短刀が凛花の脇をすり抜け、物凄い勢いで飛んでいった。直善が投げたものだと凛花が理解した時、文龍が肩を押さえて怒りの形相で立っていた。
 直善の武芸の腕は知れている。これだけ離れた場所から短刀を投げたからとて、到底、文龍に命中させることなどできないのは判っていた。恐らく、短剣は文龍の腕をほんの少し掠めただけだろう。
 判ってはいても、凛花は文龍が自分のせいで疵を負ったと思うと居たたまれなかった。
「文龍さま!」
 凛花は涙混じりの悲鳴を上げた。
―私のことなら、心配しなくても良い。泣くな、凛花。これしきの傷、かすり傷の中にも入らぬ。
 文龍の面には、うっすらと笑みさえ浮かんでいる。こんなときでも、凛花に余計な心の負担を与えないようにと、微笑みかけているのだ。
その静寂の間をついて、鋭い雄叫びが上がった。相方の義禁府武官が獣の咆哮のような唸りを上げながら、直善に向かって斬りかかってゆく。
 それは、まさにひと刹那の出来事にすぎなかった。ふいに直善の脇から飛び出してきた長身の男が直善の前に立ちはだかり、白刃が閃いた。
 長い髪がふわりと翻り、男のしなやかな長軀が回転しながら空を舞う。
 まるで舞を見ているかのように、一連の動きは優雅だ。
 凛花が我に戻った時、彼女の眼の前では、武官が血飛沫を飛ばしながら倒れようとしていた。
「チョンピョンっ」
 文龍が蒼白になって、相方に駆け寄る。
 しかし、若い武官は一瞬で絶命したようだ。一撃で息の根を止めた―しかも、その瞬間すら眼にできないほどの早業、まさに奇蹟としか言い様のない剣技だ。
 文龍と組んだこの武官も義禁府勤務であるからには、相応の遣い手には間違いない。なのに、その熟練した武官をあっさりと赤児の手を捻るように交わし、あまつさえ一撃で息の根を止めた。

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