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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第4章 暗闇に散る花

直善が凛花の細首に回した両手に更に力を込める。凛花が苦しげに顔をしかめ、口から小さな悲鳴を上げた。
「凛花ッ」
 文龍が叫ぶと、凛花は逃れようと暴れた。
 直善はそれを嘲笑った。眦はキッとつり上がり、炯々とした異様な光を放っている。まるで何かに憑依されたかのようだ。
「婚約者がいたとはいえ、私を拒むなど許せぬ」
 文龍は息を呑んだ。凛花へのあまりに烈しい執着は、空恐ろしいものがあった。
 この男は狂っている―。
「直善さま、私の差し上げた情報は、少しは役に立ちましたか?」
 聞き憶えのある声が響き、文龍は眼を瞠った。
「そなたが何故、ここにいるのだ」
 半月前、王宮のネタン庫から内侍府長に黙って宝物をかすめ取ろうとしていたあの内官である。文龍の手配で、彼は既に相応の報酬を受け取り、家族と都を離れたことになっているのだ!
 どうやら、彼は荷車を守ってきた内官たちの中に紛れていたようである。夜陰のせいと李蘭輝にばかり気を取られていたこともあって、内官の存在を見過ごしてしまったのだ。
 考えられない失態であった。
 内官は小腰を屈めて直善の前に進み出、へつらうように言った。
「私めも満更、棄てたものではございませんでしょう?」
 直善がゆっくりと頷く。
 文龍は油断なく、凛花に眼を移す。幸いなことに、内官の思わぬ登場で、直善は凛花から意識が逸れたらしい。凛花の首から直善の手が放れ、とりあえず生き返ったような気持ちになった。
 いきなり手を放された凛花は、急に大量の空気が肺に入り込んできたせいで、せわしなく荒い呼吸を繰り返した。喉許を押さえ、その場に頽れて烈しく咳いた。
 文龍は咄嗟に駆け寄りたい衝動を堪えた。
 今はこれ以上、直善を刺激しない方が良い。折角、凛花から直善の注意が逸れたのに、文龍が凛花を気遣う様子を見せれば、また妬心を燃やし、凛花に酷いことをしかねない。
 文龍は、座り込んで咳き続ける凛花を気にしながらも敢えて素知らぬ顔を通した。 
「ああ、役に立ったとも。今回、機先を制し義禁府の動きを封じられたのも、すべては、そなたが私に情報を流してくれたからだ」

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