山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第4章 暗闇に散る花
内官はまるで餌を投げ与えられた野良犬のように、嬉しげに頭を下げた。文龍の方に向き直ると、人が変わったように横柄な口調で言う。
「貴様がまだ知らなかったことがある。この一件には、右議政のご子息が拘わっていたんだ。先日、私を脅してきた時、貴様の口から若さまの名は出なかった。ゆえに、敢えて黙っていたんだ」
「そなた、初めから私を欺くつもりだったのだな」
口惜しさと屈辱に拳を握りしめる。
内官の傍らで、直善が薄ら笑いを浮かべている。―かと思ったら、直善はいきなり抜刀した。鈍い光を放ち煌めきながら、刃が内官の小さな身体に振り下ろされる。
血飛沫が辺りに飛び散り、内官は音を立ててその場に転がった。その表情は驚愕に違いなく、どうして自分が味方したはずの直善に斬られなければならなかったのかと問いかけているようでもある。
凛花はその瞬間、思わず顔を背けた。
「そなた―」
文龍、茫然と呟く。
血の海に最早、骸となり果て倒れ伏している内官を眺めた。
「何故、殺したのだ」
「裏切り者の犬は殺すまで。代わりは幾らでもいる」
「この男は、私を裏切ったのだ。そなたを裏切ってはおらぬ」
「実に愚かな男だ。笑えるくらいに愚かだな。自分の生命が風前の灯火だというのに、他人の―しかも自分を裏切った奴のために怒るのか? 貴様のその正義感溢れる善人面を見る度に、反吐が出そうになる」
直善が吐き捨てるように言った。
文龍は口惜しげに唇を噛む。
我が身の迂闊さが悔やまれてならなかった。これだ、この(内)男(官)の裏切りこそが文龍の感じていた〝違和感〟の正体だったのだ。
しかし、状況がどう動こうと、みすみす彼を消そうとするのが判っている相手(直善)―右議政側に内官自身が情報を洩らすとは到底、考えなかった。それも事実ではあった。
内官は直善の狡猾さも冷酷さも見抜いていなかった。文龍の説得で、得心したのだとばかり思っていたが、それは見せかけにすぎなかった。大方は文龍が与えた金子よりも更に多くの報酬を直善から引き出すつもりだったに相違ない。それほどに愚かだったのだ。
「貴様がまだ知らなかったことがある。この一件には、右議政のご子息が拘わっていたんだ。先日、私を脅してきた時、貴様の口から若さまの名は出なかった。ゆえに、敢えて黙っていたんだ」
「そなた、初めから私を欺くつもりだったのだな」
口惜しさと屈辱に拳を握りしめる。
内官の傍らで、直善が薄ら笑いを浮かべている。―かと思ったら、直善はいきなり抜刀した。鈍い光を放ち煌めきながら、刃が内官の小さな身体に振り下ろされる。
血飛沫が辺りに飛び散り、内官は音を立ててその場に転がった。その表情は驚愕に違いなく、どうして自分が味方したはずの直善に斬られなければならなかったのかと問いかけているようでもある。
凛花はその瞬間、思わず顔を背けた。
「そなた―」
文龍、茫然と呟く。
血の海に最早、骸となり果て倒れ伏している内官を眺めた。
「何故、殺したのだ」
「裏切り者の犬は殺すまで。代わりは幾らでもいる」
「この男は、私を裏切ったのだ。そなたを裏切ってはおらぬ」
「実に愚かな男だ。笑えるくらいに愚かだな。自分の生命が風前の灯火だというのに、他人の―しかも自分を裏切った奴のために怒るのか? 貴様のその正義感溢れる善人面を見る度に、反吐が出そうになる」
直善が吐き捨てるように言った。
文龍は口惜しげに唇を噛む。
我が身の迂闊さが悔やまれてならなかった。これだ、この(内)男(官)の裏切りこそが文龍の感じていた〝違和感〟の正体だったのだ。
しかし、状況がどう動こうと、みすみす彼を消そうとするのが判っている相手(直善)―右議政側に内官自身が情報を洩らすとは到底、考えなかった。それも事実ではあった。
内官は直善の狡猾さも冷酷さも見抜いていなかった。文龍の説得で、得心したのだとばかり思っていたが、それは見せかけにすぎなかった。大方は文龍が与えた金子よりも更に多くの報酬を直善から引き出すつもりだったに相違ない。それほどに愚かだったのだ。