山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第4章 暗闇に散る花
突如として、玲瓏な声が響き渡った。
「若さま、今宵は実に面白き芝居を見せて頂きましたよ」
一時、雲が月を隠し、辺りは再び闇に呑み込まれたような暗黒の世界の底に沈んだ。
ほどなく月が現れる。
凛花はつられるように空を見上げ、悲鳴を上げた。
月が紅く染まっていた。そう、ひと月前、申家の屋敷で文龍と二人、これと全く同じ月を見たはずだ。死人の血のように紅蓮に染まった月。
更に、月に照らし出された声の主を見た時、凛花は息が止まるかと思った。
この世にこれほどまでに美しい男がいるとは信じられない。月の光に煌めく長髪は人の心を惑わす黄金の輝きを放ち、女の凛花よりも透き通る白い膚はなめらかだ。
くっきりとした輪郭を描く瞳は海の色に染まり、妖しく光っている。
この男は美しい魔者だ。全身から尋常でない殺気を放っている。まるで研ぎ澄まされた氷の剣のようでさえあった。
この時、凛花の中で閃くものがあった。
この男だ、この美貌の男が今し方、文龍の大切な親友であり相棒であるチョンピョンを殺したのだ。チョンピョンが殺られたときは、あまりにも早い動きで、容貌までは識別できなかった。しかし、すらりとした長身や髷も結わず背中で緩く束ねただけの髪型―その特徴だけは忘れるはずもない。
凛花は艶めかしい美貌の男を愕然として見つめるしかない。あれだけの神技ともいえる剣を使う男だ。なるほど、全身から凄まじい殺気を放っていたとしても不思議はない。
切れ長な眼が薄刃のごとき笑みを含んでいる。確かに笑っているのに、笑顔ですら鳥肌立つような明確な殺意を隠せなかった。
この男の得体の知れなさが無性に怖かった。我知らず身体が震え、凛花は守るように自分の身体を抱きしめる。ふいに、乳母の声が耳奥でありありと甦った。
―あまりにも美しすぎるものには魔が潜むと申しますよ。
凛花は改めて眼前の男を見た。美しい、美しすぎるほどの美貌。まるで、今宵、空に浮かぶ血の色に染まった月のような。その現(うつつ)とも思えぬ人離れした美しさがかえって禍々しい。凄艶な美貌は壮絶すぎて、怖ろしいほどだった。
直善が傲岸な笑みを刻んだ。この世のすべての人を見下したかのような微笑みだ。
「若さま、今宵は実に面白き芝居を見せて頂きましたよ」
一時、雲が月を隠し、辺りは再び闇に呑み込まれたような暗黒の世界の底に沈んだ。
ほどなく月が現れる。
凛花はつられるように空を見上げ、悲鳴を上げた。
月が紅く染まっていた。そう、ひと月前、申家の屋敷で文龍と二人、これと全く同じ月を見たはずだ。死人の血のように紅蓮に染まった月。
更に、月に照らし出された声の主を見た時、凛花は息が止まるかと思った。
この世にこれほどまでに美しい男がいるとは信じられない。月の光に煌めく長髪は人の心を惑わす黄金の輝きを放ち、女の凛花よりも透き通る白い膚はなめらかだ。
くっきりとした輪郭を描く瞳は海の色に染まり、妖しく光っている。
この男は美しい魔者だ。全身から尋常でない殺気を放っている。まるで研ぎ澄まされた氷の剣のようでさえあった。
この時、凛花の中で閃くものがあった。
この男だ、この美貌の男が今し方、文龍の大切な親友であり相棒であるチョンピョンを殺したのだ。チョンピョンが殺られたときは、あまりにも早い動きで、容貌までは識別できなかった。しかし、すらりとした長身や髷も結わず背中で緩く束ねただけの髪型―その特徴だけは忘れるはずもない。
凛花は艶めかしい美貌の男を愕然として見つめるしかない。あれだけの神技ともいえる剣を使う男だ。なるほど、全身から凄まじい殺気を放っていたとしても不思議はない。
切れ長な眼が薄刃のごとき笑みを含んでいる。確かに笑っているのに、笑顔ですら鳥肌立つような明確な殺意を隠せなかった。
この男の得体の知れなさが無性に怖かった。我知らず身体が震え、凛花は守るように自分の身体を抱きしめる。ふいに、乳母の声が耳奥でありありと甦った。
―あまりにも美しすぎるものには魔が潜むと申しますよ。
凛花は改めて眼前の男を見た。美しい、美しすぎるほどの美貌。まるで、今宵、空に浮かぶ血の色に染まった月のような。その現(うつつ)とも思えぬ人離れした美しさがかえって禍々しい。凄艶な美貌は壮絶すぎて、怖ろしいほどだった。
直善が傲岸な笑みを刻んだ。この世のすべての人を見下したかのような微笑みだ。