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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第4章 暗闇に散る花

 と、文龍が小さく呻き、肩を押さえた。
「大丈夫ですか?」
 凛花は愕き、文龍の左肩を見る。上衣が破け、傷口から薄く血が滲んでいる。思ったとおり怪我の程度は酷いものではないけれど、やはり、きちんとした手当をした方が良い。
 凛花は自らのチョゴリの袖口を少し引き裂くと、急いで文龍の上腕に巻いた。
 怪我をした文龍を見ていると、泣きそうになってくる。涙を堪えて手当している凛花を醒めた眼で見つめ、直善が呟いた。
「さあ、この目障りな男、一体、どうしてやろうか」
「若さま、この男、どうやら、かなりの遣い手のようです。お望みなら、私が相手をしましょう」
「行(ヘン)首(ス)がわざわざ手を下す必要はないでしょう」
 直善が敬語を使うことからも、この妖しい男がただの商人ではないことは明白だった。
 直善は事もなげに言い放った。
「放っておいても、こやつは直に死にますよ。この毒はじわじわと効いてくる代わりに、途轍もない効力を持っています」
「ホホウ、若さまは、あの薬を使われたのですか」
 蘭輝の方は直善の話に心当たりがあるよううだ。妖しい美貌に凄みのある微笑を浮かべて頷いた。
「―!!」
 到底聞き逃せないひと言に、凛花は思わず眼を見開いた。まさか、先刻、この男が投げた短剣の刃に毒が?
「どういうことなの?」
「だから、言っただろう? どんなパンソリよりも面白い見せ物を今夜、そなたに見せてやると。先刻も申したように、この男はもうすぐ死ぬ。恋しい女の前で、血を吐き、のたうち回りながら見苦しく死んでゆくのだ。そして、凛花。そなたは、惚れた男が苦しみ抜いて死んでゆくのを手をこまねいて見ているしかない。―実に、実に愉快な幕引きではないか」
 凛花の眼に怒りと絶望の涙が滲んだ。
「卑怯者」
 直善が勝利に酔いしれ、笑みの形に唇を象る。
「何とでも言うが良い。幕が下りれば、お前たちにもう用はない。行首、行きましょう」
 直善は、蘭輝と笑いながら去ってゆく。その後を内官や車引きの男たちがぞろぞろとついていった。

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