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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第4章 暗闇に散る花

 最後尾を歩く若い男がゆっくりとこちらを振り返る。凛花には、その男の容貌に見憶えがあった。酒場で一度きりしか見ていないけれど、あれは確かに直善の従者だ。あのときも直善に影のようにぴたりと貼りついていたが、今夜も忠実な番犬よろしく後をついゆく。
 死に逝こうとしている者がいるのに、あの二人は何事もなかったかのように和やかに談笑しながら、余裕の脚取りで蘭輝の屋敷に向かって歩いていった。
 凛花は憎しみに燃える瞳で遠ざかる二人を見送った。
 突然、文龍の逞しい身体がガクリと頽れそうになった。
「文龍さま」
 凛花は泣きながら文龍の身体を脇から抱き止める。が、凛花の力では支えきれず、結局、彼はその場に座り込んだ。
「解毒、どこかに解毒の薬はないかしら? 文龍さま、歩けますか? 急いで私の屋敷に帰りましょう。お医者さまを呼んで、解毒の薬を処方して頂ければ、助かります」
 凛花が懸命に言うと、文龍は力なく笑った。
「か弱いそなたがどうやって私を連れて帰るのだ」
 凛花は涙声で訴えた。
「私、こう見えても力はあるのです。文龍さまお一人なら、支えて歩いて参ります」
 申家の屋敷は漢陽の中心部にある。都も外れのこの場所から凛花が逞しい文龍を支えてゆくなど、土台無理な話だ。
 だが、凛花は本気だった。たとえ、血を吐いても、文龍を連れて帰り、治療を受けさせなくてはの一心なのだ。
 凛花は涙ながらに何度も同じ科白を繰り返した。
 文龍はそれには何も言わず、うっすらと笑んだまま言った。
「凛花、直善が使った毒に心当たりがある。まだ、この国には存在しない珍しいものだ。恐らく、蘭輝が清国から手に入れたのだろう。ゆえに、解毒の薬など存在しないんだ」
「でも、でも、それでは文龍さまが―」
 死んでしまうという不吉な言葉を呑み込み、凛花は涙に曇った瞳で恋人を見た。
「たとえ解毒の薬があったとしても、毒が体内に入って、長い刻が経ちすぎた。もう何をどうしても、私は助からない」
 凛花の眼から大粒の涙が溢れ、頬をつたった。

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