山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第5章 旅立ち
二人の間には小卓が置いてある。その上には器に盛られた様々な酒肴が並んでいた。
凛花は銚子をさっと手にすると、盃になみなみと注ぐ。
「まずは一献、差し上げまする」
消え入るような声で言うのに、直善が〝うむ〟と盃を受け取る。注がれた酒を彼はひと息に飲み干した。
空になるのを見計らったように、すかさず二杯目を注ぐ。その合間には、手前にあった蒸し鶏を箸でひと口毟り、男の口に入れてやった。甲斐甲斐しく世話を焼かれ、直善はすごぶる満悦であった。
半刻余りの間、そうやって給仕をしていただろうか。直善が時には凛花にも呑ませたがるので、凛花は素直に彼の盃を受け取り、酒を呑んだ。
すべての皿があらかた空になった頃、直善が小卓を脇に寄せた。手を伸ばして凛花を抱き寄せてくるのに、大人しくなされるがままに直善の胸に頬を押しつける。
「さあ、参ろう」
直善が示した部屋の奥には、派手な色柄の夜具が布いてある。
そのまま直善に抱き上げられようとして、凛花はそっと彼の胸を押しやった。
「つまらぬ娘を押しつけたと思われては心外ゆえ、女将さんからはけして申し上げてはならないと言われていたのですが」
凛花は身をかすかに震わせながら、消え入るような声で言った。
「私は客を取るのは初めてなのです」
直善が流石に愕いたように眼を見開く。
「いや、別にそれはそれで構わぬ。なるほど、それでこのように震えているのだな。大丈夫だ、何も怖いことはない。すべて私が教えてやろう」
思いがけず生娘を抱ける幸運に恵まれるとはな。
直善が洩らしたその最後の言葉を凛花が聞き逃すはずはなかった。
再び引き寄せられ、直善の顔が近づいてくる。口づけされるのだと判ったが、凛花は敢えて眼を見開いたまま直善を見つめていた。
凛花の顎を指で掬い上げ、心もち上向かせた直善が首を傾げた。
「そなた―、どこかで逢ったことはないか?」
凛花は婉然と微笑む。
「朴氏の若さま、私を憶えておいでですか?」
刹那、直善の端整な顔に烈しい驚愕の色が走った。
凛花は銚子をさっと手にすると、盃になみなみと注ぐ。
「まずは一献、差し上げまする」
消え入るような声で言うのに、直善が〝うむ〟と盃を受け取る。注がれた酒を彼はひと息に飲み干した。
空になるのを見計らったように、すかさず二杯目を注ぐ。その合間には、手前にあった蒸し鶏を箸でひと口毟り、男の口に入れてやった。甲斐甲斐しく世話を焼かれ、直善はすごぶる満悦であった。
半刻余りの間、そうやって給仕をしていただろうか。直善が時には凛花にも呑ませたがるので、凛花は素直に彼の盃を受け取り、酒を呑んだ。
すべての皿があらかた空になった頃、直善が小卓を脇に寄せた。手を伸ばして凛花を抱き寄せてくるのに、大人しくなされるがままに直善の胸に頬を押しつける。
「さあ、参ろう」
直善が示した部屋の奥には、派手な色柄の夜具が布いてある。
そのまま直善に抱き上げられようとして、凛花はそっと彼の胸を押しやった。
「つまらぬ娘を押しつけたと思われては心外ゆえ、女将さんからはけして申し上げてはならないと言われていたのですが」
凛花は身をかすかに震わせながら、消え入るような声で言った。
「私は客を取るのは初めてなのです」
直善が流石に愕いたように眼を見開く。
「いや、別にそれはそれで構わぬ。なるほど、それでこのように震えているのだな。大丈夫だ、何も怖いことはない。すべて私が教えてやろう」
思いがけず生娘を抱ける幸運に恵まれるとはな。
直善が洩らしたその最後の言葉を凛花が聞き逃すはずはなかった。
再び引き寄せられ、直善の顔が近づいてくる。口づけされるのだと判ったが、凛花は敢えて眼を見開いたまま直善を見つめていた。
凛花の顎を指で掬い上げ、心もち上向かせた直善が首を傾げた。
「そなた―、どこかで逢ったことはないか?」
凛花は婉然と微笑む。
「朴氏の若さま、私を憶えておいでですか?」
刹那、直善の端整な顔に烈しい驚愕の色が走った。