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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第5章 旅立ち

「まさか、そなたは」
 凛花は妖艶な仕種で首を傾けて見せる。
「そう、申凛花にございます」
 直善がわずかに警戒したように身構えた。
「何故、そなたがこのような場所に、しかも妓生としているのだ?」
 凛花は片手を胸に当てて、切なげに直善を見上げる。
「どうしても、若さまのことが忘れられず、何とかしてもう一度だけ、お逢いする手立てがないものかとこうして恥も外聞もなく、一計を案じたのです」
 それでも、直善は強ばった面を緩めることはない。
「そなたは亡き皇都事を慕っていたのではなかったのか?」
「若さま、時が経てば、人の心は変わります。ましてや、皇文龍さまは、もうこの世の方ではございません。女がいつまでも過去にしがみついているとでもお思いですか? しかも、手を伸ばせばすぐの場所に幸福があると判っているのに」
 直善は首をひねりながら、少し思案する風を見せた。
「ふうむ、そなたも少しは利口になったということか。だが、また何とも手の込んだことを致すものよ」
 凛花は微笑む。
「それも皆、若さまにお逢いしたい女心ゆえにございますわ」
「可愛いことを申す」
 直善の頬が完全に緩んだ。
 しげしげと凛花を見ながら、直善が溜息混じりに言う。
「それにしても、女とはげに怖ろしき魔物だ。あの清楚な美少女がこうも色香溢れる妓生に早代わりするとは、世の中、判らぬものだな」
 〝来なさい〟と両手をひろげられ、凛花はいかにも恥じらう風を装いながら、直善ににじり寄った。
 背中に男の手が回され、強い力で抱き寄せられながら、凛花は甘えるような声で言った。
「今日という日を私がどれだけ待ち遠しいと思っていたか、若さまはお判りですか?」
「ホホウ。かくも嬉しいことを申してくれるのか。そなたは存外に男を惑わす手管に長けておるのやもしれぬぞ。生憎と、あれから私も父上の意向で刑曹判書どのの娘と結納を交わしてな。ゆえに、正室は無理だが、いずれ側室として我が屋敷に迎えてやろう」
 相も変わらず、訊ねもしないことまでペラペラとよく喋る煩い男だ。

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