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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第5章 旅立ち

 こんな男の腕に抱かれていると思うだけで、総毛立つ。だが、もう少しだけ我慢するのだ。
 〝嬉しい〟と呟き、、直善の胸に顔を埋めながら、凛花はくぐもった声で言った。
「若さまは先ほど、私を魔物だとおっしゃいましたが、私は魔物ではございません。魔物のように冷酷で容赦ないのは、他ならぬあなたさまでございましょう」
「そなた、一体、何を―」
 直善が口を開きかけたのと、凛花が頭から素早く抜き取った簪が直善の胸を突いたのは、ほぼ同時のことである。
 直善は耳障りな声を上げながら、凛花から離れた。厭味なほど派手な金地のチョゴリの胸許辺りにうっすらと血が滲んでいた。
 凛花は艶然とした笑みを湛える。
「どうやら急所を外してしまったようね。この一撃で仕留められると思っていたのだけれど」
 凛花は淡々と言い、チマの裾をめくった。左脚に短剣が革紐で巻き付けられている。凛花はそれを素早く抜き取った。
「これが誰のものだったか、判る?」
 わざと短剣を高々と掲げて見せる。つられて、短剣の柄を飾る虎目石がゆらゆらと揺れた。
「そう、これは文龍さまの愛用していた剣よ。どうせお前をあの世に送るのなら、文龍さまの剣であの世へ送ってやるわ」
 凛花の本気を感じ取り、直善は蒼白な顔で震えている。
「お前は私をあんな手紙で挑発し、まんまと誘い出すことに成功した。そのせいで、文龍さまは思うような働きもできず、あえなく生命を落としたのだ。だから、私も同じことをしてやろうと思った。お前が私にしたように、こうして手紙でおびき出した。更には、お前が文龍さまに味合わせたのと同じだけの苦痛を味合わせてやろうとな。皆、お前自身の虫酸が走るような計略を利用させて貰った。どうだ、かつて自分が考えた筋書によって躍らされ、生命を落とす気分は? お前が私に見せてくれたより、数倍も面白い見せ物に違いないでしょう?」
 凛花は皮肉に縁取られた声で告げる。
「いつもお前に貼りついているあの従者がここにいなくて、幸いだった。もっとも、思わせぶりな文を送れば、お前が従者の眼を掠めてほいほいと一人で出てくるだろうと確信はしていたけれど」

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