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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第5章 旅立ち

―父上と香月が本当のところ、どんな関係なのかを私も知らないんだ。ただ、私は香月とは世間が考えるような男女の仲ではないと言った父上の言葉を信じている。
 ゆえに、凛花もまた文龍の言葉を信じていた。 
「文龍さまが亡くなられた後、私は何度も、あの方の許にゆこうと思ったか知れません。しかしながら、さる一つの目的を果たすまでは、どうしても死ねないとその度に思い直して何とか生き存えたのです。逆にいえば、その志があったからこそ、私は生きられたのです。今、やっと、本懐を果たしました。これより後は、あの方の志を受け継いで生きてゆきたいのです」
「凛花、まさかそなたが右相大監の子息を―」
 凛花の言葉に、秀龍は思うところがあったようだ。今は礼曹判書とはいえ、かつて義禁府の役職を歴任し、義禁府長も長年務めた秀龍である。息子の〝任務〟の内容を知らないはずはない。
 言いかけた秀龍は、辛うじて踏みとどまった。
「大監」
 凛花はもう一度、心から呼びかけた。
「私は文龍さまの志を受け継ぎました。文龍さまが為そうとしていたこと―暗行御使としての任務をあの方に代わって果たしたい、ただそれだけです。文龍さまにははるかに及びませんが、あの方のおん名に恥じないように努めて参る所存でおります」
 偽らざる気持ちであった。生きる目標を見失っていた時、図らずも、敵討ちを果たしたいがためだけに生きた。
 食べたくもない食事も摂り、睡眠もきちんと取った。確かに、それは褒められた志ではないかもしれないけれど、少なくとも、それがあったからこそ、凛花は絶望の淵へと沈んで二度と浮かび上がれないとまで思いながらも、辛うじて生き延びたのだ。
 そして、これからの人生は、新たな目標を―亡き人の志を受け継いで生きてゆきたい。
 それは、敵討ちを決めたときから、ひそかに考えていたことでもあった。
 人は何か目標がなければ、生きてはゆけないし、前には進めない。今の凛花はまだ恋人の死から完全に立ち直ったわけではないのだ。自分を支えてくれるものが亡き男の志であると信じている。

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