
山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第5章 旅立ち
いつかまた、新たな志を見つけることができるかもしれないが、今はまだゆく手はあまりにも混沌としていて、先のことまで考えられる状態ではない。
しばらく静寂が続いた。
秀龍は眼を瞑り、何かにしきりに想いを馳せているような表情だ。
「国王殿下や領相大監には、私の方から上手く言い繕っておこう」
突然、沈黙が破られ、凛花は弾かれたように面を上げた。
「大監、感謝申し上げます」
凛花は心からの想いを込めて言った。
文龍の死は、実はまだ公的に発表はされていない。もとより、義禁府長やごく一部の上官たちは周知の事実ではあったけれど、箝口令が敷かれて伏せられていた。
彼の死を内密にして欲しいと文龍の父秀龍に頼み込んだのは、凛花であった。秀龍は元は義禁府にいたため、顔が利く。今の義禁府長とも懇意なので根気よく説得してくれた。
皇都事は現在、病気療養中という名目で官職はそのままに休職という形を取っている。
ゆえに、文龍の葬儀はいまだに行われていない。凛花と秀龍だけで荼毘に付し、郊外の山寺の背後に立つ山に小さな墓を建てて葬った。もとより、墓碑には名前も記されておらず、あの場所に文龍が永眠(ねむ)るのを知っているのは、凛花と秀龍の二人しかいない。
恐らく、文龍の死を内密にしておいて欲しいと頼んだそのときから、秀龍は凛花の真意をおおよそは理解していたに違いない。若くして非業の死を遂げた息子を丁重に弔ってやりたいという親心は十分にあったはずだ。にも拘わらず、凛花の願いを嫌な顔もせず聞き入れてくれた。その理由すら問わなかった。
一度は〝義父〟と呼び、生涯を友にする伴侶となったであろう男の父親であった。
気がつけば、秀龍の眼が濡れていた。
―大監のような自制心の強いお方が泣いている―。
よくよく見れば、秀龍の眼尻には細かい皺が幾つも刻まれている。
ああ、この方も数多くの労苦や試練を重ねてこられのだ。
凛花は秀龍の涙に少なからず衝撃を受けた。実年齢より若々しいとはいえ、頼りにする息子を失い、幾分老け込んで見えるのは当然だろう。
帰り際、凛花は拝礼(クンジヨル)を行った。両手を組んで眼の高さに掲げ、座って一礼、更に立ち上がって深々と頭を下げる。
しばらく静寂が続いた。
秀龍は眼を瞑り、何かにしきりに想いを馳せているような表情だ。
「国王殿下や領相大監には、私の方から上手く言い繕っておこう」
突然、沈黙が破られ、凛花は弾かれたように面を上げた。
「大監、感謝申し上げます」
凛花は心からの想いを込めて言った。
文龍の死は、実はまだ公的に発表はされていない。もとより、義禁府長やごく一部の上官たちは周知の事実ではあったけれど、箝口令が敷かれて伏せられていた。
彼の死を内密にして欲しいと文龍の父秀龍に頼み込んだのは、凛花であった。秀龍は元は義禁府にいたため、顔が利く。今の義禁府長とも懇意なので根気よく説得してくれた。
皇都事は現在、病気療養中という名目で官職はそのままに休職という形を取っている。
ゆえに、文龍の葬儀はいまだに行われていない。凛花と秀龍だけで荼毘に付し、郊外の山寺の背後に立つ山に小さな墓を建てて葬った。もとより、墓碑には名前も記されておらず、あの場所に文龍が永眠(ねむ)るのを知っているのは、凛花と秀龍の二人しかいない。
恐らく、文龍の死を内密にしておいて欲しいと頼んだそのときから、秀龍は凛花の真意をおおよそは理解していたに違いない。若くして非業の死を遂げた息子を丁重に弔ってやりたいという親心は十分にあったはずだ。にも拘わらず、凛花の願いを嫌な顔もせず聞き入れてくれた。その理由すら問わなかった。
一度は〝義父〟と呼び、生涯を友にする伴侶となったであろう男の父親であった。
気がつけば、秀龍の眼が濡れていた。
―大監のような自制心の強いお方が泣いている―。
よくよく見れば、秀龍の眼尻には細かい皺が幾つも刻まれている。
ああ、この方も数多くの労苦や試練を重ねてこられのだ。
凛花は秀龍の涙に少なからず衝撃を受けた。実年齢より若々しいとはいえ、頼りにする息子を失い、幾分老け込んで見えるのは当然だろう。
帰り際、凛花は拝礼(クンジヨル)を行った。両手を組んで眼の高さに掲げ、座って一礼、更に立ち上がって深々と頭を下げる。
