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山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~

第5章 旅立ち

―お嬢さまがお考えになっていることなんて、私には全部判りますよ。それでなくても、お嬢さまは判り易い方なんですから。頭の中のことが全部、お顔に出るんですもの。そんな有り様で、大切なお役目が無事勤まるんですかねえ。私は心配で、付いてゆきたいくらいですよ。
―何もそこまで言わなくても。
 頬を膨らませる凛花を抱きしめ、ナヨンは震える声で囁いた。
―絶対にご無事でお戻り下さいね? お嬢さまが先にお嫁にゆかないと、私まで、いつまで経っても嫁げないんですから。そんなのは困ります。
 凛花の気持ちが伝わったのか、ナヨンは涙を見せなかった。
 凛花の方が不覚にもナヨンにしがみついて、声を上げて泣いてしまった。
 父やナヨン以外に別離を告げたい人はいなかった。文龍の父秀龍には、決意を告げた時、既に別れの挨拶を済ませている。
 義禁府に出仕すれば、本物の文龍と入れ替わったことが露見する可能性が高い。幾ら男装してそれらしくごまかしても、凛花の外見が文龍と一致するはずもないのだ。
 それゆえ、暗行御使が誰にも知られずひそかに出立しなければならないという暗黙の決まりを利用し、敢えて王宮に顔を出さず、屋敷からそのまま任務の旅へと出たのである。
 御使としての任務を無事、終えられるのかどうか。それすらも覚束ないのが正直なところだが、無事に都に戻れたとして、その後の身の処し方についても一応考えてはいる。
 入れ替わりは文龍の顔をろくに知らぬ人々のいる地方では通用しても、都では不可能に近いだろう。いつになるかは判らないけれど、次に都に戻ったそのときが〝皇文龍の死ぬ〟ときになるのだ。都に戻った〝皇文龍〟は今度こそ亡くなり、凛花は本来の姿に還る。
 都を発ったときはまだ空が夜明け前の薄蒼さを残していたのに、今、空は東の山の端辺りが早くも茜色に染まり始めている。
 冬にも拘わらず青々とした葉を立派に茂らせている大根畑は、まるで緑の海のようだ。その海の中を走るひとすじの道のように、細い砂利道がずっと向こうまで続いている。
 凛花はこれから、この道を歩いて旅に出るのだ。一体、この先に何が待っているのかと考えると、不安と期待の入り混じった微妙な気持ちになる。

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