山茶花(さざんか)の咲く村~男装美少女の恋~
第5章 旅立ち
凛花は再び視線を丘陵下の都に向けた。
凛花の視線は都に向けられていたが、心の眼は文龍を見ていた。
―地方の民の窮状をつぶさに見て、こんな自分にも民のためにできることがあればと願っていたのに、志も果たせなかった。
臨終間際に、文龍は言い残した。あのひと言を凛花は今も一日に何度となく思い出すのだ。
凛花はこれから、文龍のその志を受け継いで生きてゆく。
ここからでは途方もなく小さく見えるあの都に、気の遠くなるような数の人々が暮らしている。それだけの人の生があそこにあるのだ。
どうして、身分の上下だけで人は差別されるのだろう。両班は貧しい人たちに威張り散らし、自分たちは何もしないで、民から取り上げようとばかりするのだろう。
自分自身も両班家に生まれながら、凛花はいつもそんなことばかり考えて生きてきたのだ。
今、文龍の想いは、そのまま凛花の想いでもあった。
自分に何ができるのだろう。
苦しみ、喘ぐ民たちに対して、何をなせば良いのだろう。
凛花は自分自身に真摯に問いかけてみる。
しかし、今はまだ応えは出ない。
これから向かう任地で多くの民と知り合い、民に混じって暮らし、その土地の生活に溶け込んでゆく中に、応えは自ずと出るはずだ。
きっと、その応えは、この道の向こうにある。文龍を失って以来、哀しみに凍え、憎しみだけに凝り固まっていた心が春の雪のようにゆっくりと溶けてゆく。
凛花は背中の振り分け荷物を降ろし、袋を開いた。しばらく中を覗き込んでごそごそとやっているかと思うと、底の方にしまい込んであった封筒を取り出す。
これからの旅の間中、ずっと背負うことになる袋には、任命状だけでなく、事目(暗行御使の職務を規定した冊子)、馬(マ)牌(ペ)(御使である証、これを見せると、様々な便宜を得られる)、鍮尺(検死をする際、使用する真鍮製の尺)などが入っている。いずれも御使にとっては、その存在を明らかにし職務を真っ当するめに必要不可欠なものばかりだ。
凛花の視線は都に向けられていたが、心の眼は文龍を見ていた。
―地方の民の窮状をつぶさに見て、こんな自分にも民のためにできることがあればと願っていたのに、志も果たせなかった。
臨終間際に、文龍は言い残した。あのひと言を凛花は今も一日に何度となく思い出すのだ。
凛花はこれから、文龍のその志を受け継いで生きてゆく。
ここからでは途方もなく小さく見えるあの都に、気の遠くなるような数の人々が暮らしている。それだけの人の生があそこにあるのだ。
どうして、身分の上下だけで人は差別されるのだろう。両班は貧しい人たちに威張り散らし、自分たちは何もしないで、民から取り上げようとばかりするのだろう。
自分自身も両班家に生まれながら、凛花はいつもそんなことばかり考えて生きてきたのだ。
今、文龍の想いは、そのまま凛花の想いでもあった。
自分に何ができるのだろう。
苦しみ、喘ぐ民たちに対して、何をなせば良いのだろう。
凛花は自分自身に真摯に問いかけてみる。
しかし、今はまだ応えは出ない。
これから向かう任地で多くの民と知り合い、民に混じって暮らし、その土地の生活に溶け込んでゆく中に、応えは自ずと出るはずだ。
きっと、その応えは、この道の向こうにある。文龍を失って以来、哀しみに凍え、憎しみだけに凝り固まっていた心が春の雪のようにゆっくりと溶けてゆく。
凛花は背中の振り分け荷物を降ろし、袋を開いた。しばらく中を覗き込んでごそごそとやっているかと思うと、底の方にしまい込んであった封筒を取り出す。
これからの旅の間中、ずっと背負うことになる袋には、任命状だけでなく、事目(暗行御使の職務を規定した冊子)、馬(マ)牌(ペ)(御使である証、これを見せると、様々な便宜を得られる)、鍮尺(検死をする際、使用する真鍮製の尺)などが入っている。いずれも御使にとっては、その存在を明らかにし職務を真っ当するめに必要不可欠なものばかりだ。