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温もり

第3章 殺処分

 泣いている所は絶対に彼女に見せたくなかった。でも、暗闇の深い安堵の中で気が緩んでしまった。

「何かあったの?」

 ニニの問いには答えられない。
 彼女を凌辱から庇う為に、自分が凌辱されているとは。本当はここから逃げ出して一緒に生きたいと言う夢を持っているとは。

「なんでもない」

 歯を食いしばり、零九は答える。
 溢れた涙を乱暴に拭い、心配させてしまった彼女の頬を撫でる。

「なんでもないよ」

 言いたくない、そう言って居るのが解ったのか、ニニはそれ以上何も聞かなかった。しつこく聞けば答えるだろうが、また泣かせてしまう、そう思うと聞けなかった。

「零九、愛してる」

 何も聞かない代わりに、愛を囁いた。
 信頼して、あえて何も聞かないよ、と言葉の裏に含めて。

「愛してるよ……」

 零九は答える。
 だが、その言葉はどこか空虚で彼女の言葉に反射的に言っただけに聞こえる。

「愛してるよ、ニニ……」

 いつもは言うだけで心が暖かくなるのに、圧倒的な絶望に掻き消されていく。洪水や雪崩に飲まれる様に、何もかもが絶望に飲まれて行く。
 
「愛してる、ニニ、愛してるんだ!」

 温もりを求め、零九は激しくニニを揺さぶる。彼女は彼の急変に何かを言おうとしたが、全て喘ぐだけに留まり、意味を持つ言葉を発せない。
 抵抗する様に、彼の腕に爪を立てて強く握る事しか出来なかった。

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