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温もり

第3章 殺処分

 彼女のしっとりと汗をかいた肌から、甘い香りがする。
 何の匂いに似ているだろうか、彼は考えるが思いつかない。強いて例えるなら、花だろうか。だが、花の香りなど、ろくに嗅いだ事も無ければ、花の名前もほとんど知らない。
 それでも『花』と考えた時に合っているかも知れない、と零九は思っていた。

 暗闇に咲く、名も無い可憐な花。
 それは自分の持っている彼女のイメージに合っている。
 誰に知られる事もなくひっそりと咲き、甘い芳香を放つ。それを知っているのは自分だけ。誰にも触れさせたくない、世界でたった一輪の花。名前は決まっている。

「ニニ……」

 でも、もっと綺麗な名前を付けてあげたいと思う。
 綺麗な、花の名前を彼女に付けてあげたい。そして、何度も何度も呼びたい。何度も呼んで、振り向いて微笑んで欲しい。

「零九?」

 ニニの声に零九はハッとする。
 彼女は落ちてくる雫が何なのか解って、彼の頬に手を伸ばす。

「何かあったの?」

 両頬を涙で濡らしている彼に、ニニは問い掛ける。

「なんでもないよ」

 そうは言う零九だが、声は掠れて全く説得力はない。

 生きたい。死にたくない。殺したくない。生きたい。生きたい。生きたい。

「零九?」

 胸に顔埋めた零九はぎゅっとニニを抱き締め、ニニは戸惑いながら零九の抱き、頭を撫でる。

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