
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第6章 第二話・其の弐
事実、孝俊自身、一度はすべてを捨てて町人として生きようと考えたほどであった。その決意を根底から覆したのは、尊敬する兄孝信との約束―もし兄の生命が尽きたときには、たった一人の弟孝俊が帰って藩主の座を継ぐと―。
「俺がひとたびは尾張藩に背を向けたことで、俊昭の名が次の藩主候補として挙がっていたことは事実だ。現に俺の父から打診があったほどの話だから、俊昭や叔父上がその気になっていたとしても、それを責めることはできない。むしろ、俺の方が責められるべきなのだ」
振り絞るような口調に、美空の胸が熱くなった。
「お言葉にはございますが、殿。さりとて、殿は必ずお戻りになると亡きお父上さまには確かにお約束なさったのでございすゆえ、それは、殿ご自身がお気になされることではないのではございますまいか」
息子の言葉を信じ切れず、勝手に俊昭を次の藩主にと言い出したのは孝信なのだ。何も孝俊が責任を感じることではないのではないか。
思ったままを口にすると、孝俊は淋しげに笑った。
「されど、父上にしてみれば、それまで好きに生きてきた俺が真、帰ってくるかどうは今一つ信じ切れなかったのだ。兄上が亡くなられ、気弱になられてせいもあろうが、父上の信頼をそこまで勝ち得られなかったのは俺の不徳の致すところだからな」
「殿―」
美空は、孝俊の翳りの一つに触れたような気がした。
哀しそうな横顔に心が締め付けられるようだ。
やはり、この男の傍に居たい。自分に叶うことなら、どんな小さなことでも力になりたい。そう思った。
「俊昭とはそれ以来、逢えば、いつもこんな調子だ。あやつは女好きと評判で、一見、軽そうに見えるが、意外な根は真面目な奴なんだ。そなたを口説いたのも俺に対する意趣返しのようなものではあろうがな」
かつては実の兄弟のようであったという俊昭との確執。恐らく、はきとは口に出さないけれど、孝俊自身は従弟と昔のように腹を割って話したいと思っているのだろう。
「俺がひとたびは尾張藩に背を向けたことで、俊昭の名が次の藩主候補として挙がっていたことは事実だ。現に俺の父から打診があったほどの話だから、俊昭や叔父上がその気になっていたとしても、それを責めることはできない。むしろ、俺の方が責められるべきなのだ」
振り絞るような口調に、美空の胸が熱くなった。
「お言葉にはございますが、殿。さりとて、殿は必ずお戻りになると亡きお父上さまには確かにお約束なさったのでございすゆえ、それは、殿ご自身がお気になされることではないのではございますまいか」
息子の言葉を信じ切れず、勝手に俊昭を次の藩主にと言い出したのは孝信なのだ。何も孝俊が責任を感じることではないのではないか。
思ったままを口にすると、孝俊は淋しげに笑った。
「されど、父上にしてみれば、それまで好きに生きてきた俺が真、帰ってくるかどうは今一つ信じ切れなかったのだ。兄上が亡くなられ、気弱になられてせいもあろうが、父上の信頼をそこまで勝ち得られなかったのは俺の不徳の致すところだからな」
「殿―」
美空は、孝俊の翳りの一つに触れたような気がした。
哀しそうな横顔に心が締め付けられるようだ。
やはり、この男の傍に居たい。自分に叶うことなら、どんな小さなことでも力になりたい。そう思った。
「俊昭とはそれ以来、逢えば、いつもこんな調子だ。あやつは女好きと評判で、一見、軽そうに見えるが、意外な根は真面目な奴なんだ。そなたを口説いたのも俺に対する意趣返しのようなものではあろうがな」
かつては実の兄弟のようであったという俊昭との確執。恐らく、はきとは口に出さないけれど、孝俊自身は従弟と昔のように腹を割って話したいと思っているのだろう。
