
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第8章 第二話・其の四
「宥松院さまと違い、父上は俺を息子として慈しんで下された。さりながら、宥松院さまはそなたも存じてはおろうが、京のご摂家の一つ二条家の出だ。おまけに気の強い姉さん女房ときたから、父上は随分と気を遣われていた。宥松院さまは俺を心底忌み嫌われていたゆえ、彼の方をはばかって、あまり大っぴらに愛情を示して下されることはなかった。それでも、父上とこうして縁先に並んで、烏瓜を眺めながら、色々とお話をお伺いしたこともある。俺にとっては父上との、かけがえのなき想い出だ」
「お優しいお父上さまでいらっしゃったのでございますね」
「ああ、俺にとっては良い父上だった」
そう言ったときの孝俊の表情は何とも誇らしげで、彼が心底から父親を慕っていたのだと知れる。そのことに、美空は少しだけホッとしていた。義母にひたすら疎まれ憎まれ、辛い幼年期を過ごした孝俊にも肉親の愛情を与えてくれた人がいた―そのことに安堵を憶えたのである。ただ宥松院に苛め抜かれただけの子ども時代だけだなんて、孝俊があまりにも可哀想だったから。
「ところで、殿。私からは、もう一つ、お話しておかねばならぬことがあるのでこざいます」
美空が言うと、孝俊は露骨に厭そうな顔をした。
「何だ、まだあるのか? また、ろくでもない話ではないだろうな。先ほどの話の続きなら、俺はもう聞かぬぞ」
「いえ、良き知らせにございます」
「良き知らせとな。はて、何の話だ?」
小首を傾げる孝俊に、美空は悪戯っぽい微笑を浮かべた。
「殿の御子を授かりましてございます」
昨日、尾張藩の御殿医を務める前田春栄(しゆんえい)(〝はるひで〟とも読む)が急きょ、召し出され、ご簾中美空の診察に当たった。その結果、美空の二度目の懐妊が明らかになったのである。むろん、正式な発表はいま少し刻を待たねばならないが、懐妊は間違いないとの診立てで、既に胎児は四ヶ月に入っているとのことであった。
考えてもみなかったことを言われ、孝俊の眼が大きく見開かれる。
まるで惚けたような表情で妻を見た。
「それは真か?」
唖然とするばかりの良人を見つめ、美空は微笑んだ。
「お優しいお父上さまでいらっしゃったのでございますね」
「ああ、俺にとっては良い父上だった」
そう言ったときの孝俊の表情は何とも誇らしげで、彼が心底から父親を慕っていたのだと知れる。そのことに、美空は少しだけホッとしていた。義母にひたすら疎まれ憎まれ、辛い幼年期を過ごした孝俊にも肉親の愛情を与えてくれた人がいた―そのことに安堵を憶えたのである。ただ宥松院に苛め抜かれただけの子ども時代だけだなんて、孝俊があまりにも可哀想だったから。
「ところで、殿。私からは、もう一つ、お話しておかねばならぬことがあるのでこざいます」
美空が言うと、孝俊は露骨に厭そうな顔をした。
「何だ、まだあるのか? また、ろくでもない話ではないだろうな。先ほどの話の続きなら、俺はもう聞かぬぞ」
「いえ、良き知らせにございます」
「良き知らせとな。はて、何の話だ?」
小首を傾げる孝俊に、美空は悪戯っぽい微笑を浮かべた。
「殿の御子を授かりましてございます」
昨日、尾張藩の御殿医を務める前田春栄(しゆんえい)(〝はるひで〟とも読む)が急きょ、召し出され、ご簾中美空の診察に当たった。その結果、美空の二度目の懐妊が明らかになったのである。むろん、正式な発表はいま少し刻を待たねばならないが、懐妊は間違いないとの診立てで、既に胎児は四ヶ月に入っているとのことであった。
考えてもみなかったことを言われ、孝俊の眼が大きく見開かれる。
まるで惚けたような表情で妻を見た。
「それは真か?」
唖然とするばかりの良人を見つめ、美空は微笑んだ。
