
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第9章 第三話〝細氷(さいひょう)〟・其の壱
「何だ」
その声のあまりの暗さ、表情の硬さに、美空は一瞬、息を呑む。
ここふた月ほどの間、ずっと胸の底にわだかまっていた想いを口にしようとして、美空は思わず言葉を呑み込んだ。
果たして、今ここで胸の内をさらけ出して良いものかどうかと危ぶんだのだ。そんな躊躇をしてしまうほど、孝俊の表情には、どこか切迫したものが滲んでいる。
いや、切迫しているという言い方は少し適当ではないかもしれない。今の孝俊の顔は、まるですべての感情をどこかに置き忘れでもしてきたかのような、例えて言うならば、無を感じさせるものだった。
余計な感情―歓びどころか苦しみや葛藤さえも窺えない、およそ生気に乏しい空虚感をその身体中に纏いつかせている。
だからこそ、こんな孝俊を放っておくことはできない。美空はそう思うのだが、いざその不安を口にしようとすると、事が事だけに一体どのような言葉で伝えたら良いのかと躊躇するのだった。
美空は一つ、一つ、言葉を選びながら慎重に話してゆく。
「殿、何かお心にお悩みでもお持ちでいらっしゃいますか? ここのところ、随分とお顔の色が冴えぬようにお見受け致します」
結局、悩んだ割にはありきたりの言い方したできない我が身が情けなかった。それでもやっと口にできたことで、幾ばくかはホッとし、孝俊の顔を気遣わしげに見つめる。
「悩み―、俺が何か悩み事を抱えているように見えるのか?」
改めて正面切って問われれば、流石に〝はい〟とは応えにくい。しかし、ここで先刻の言葉をあっさりと翻すのは余計に不自然だ。
「はい、私にははきとは申し上げられないのでございますが、何かお心に積もるものがおありのようにございますゆえ」
それとはなしに肯定すると、孝俊はそのまま黙り込んだ。
美空の問いに応えることなく、孝俊は再び茫漠とした視線を庭に投げる。
孝俊のその反応は、流石に衝撃だった。美空はまるで自分という存在ものものが良人に拒否されたように思える。
その声のあまりの暗さ、表情の硬さに、美空は一瞬、息を呑む。
ここふた月ほどの間、ずっと胸の底にわだかまっていた想いを口にしようとして、美空は思わず言葉を呑み込んだ。
果たして、今ここで胸の内をさらけ出して良いものかどうかと危ぶんだのだ。そんな躊躇をしてしまうほど、孝俊の表情には、どこか切迫したものが滲んでいる。
いや、切迫しているという言い方は少し適当ではないかもしれない。今の孝俊の顔は、まるですべての感情をどこかに置き忘れでもしてきたかのような、例えて言うならば、無を感じさせるものだった。
余計な感情―歓びどころか苦しみや葛藤さえも窺えない、およそ生気に乏しい空虚感をその身体中に纏いつかせている。
だからこそ、こんな孝俊を放っておくことはできない。美空はそう思うのだが、いざその不安を口にしようとすると、事が事だけに一体どのような言葉で伝えたら良いのかと躊躇するのだった。
美空は一つ、一つ、言葉を選びながら慎重に話してゆく。
「殿、何かお心にお悩みでもお持ちでいらっしゃいますか? ここのところ、随分とお顔の色が冴えぬようにお見受け致します」
結局、悩んだ割にはありきたりの言い方したできない我が身が情けなかった。それでもやっと口にできたことで、幾ばくかはホッとし、孝俊の顔を気遣わしげに見つめる。
「悩み―、俺が何か悩み事を抱えているように見えるのか?」
改めて正面切って問われれば、流石に〝はい〟とは応えにくい。しかし、ここで先刻の言葉をあっさりと翻すのは余計に不自然だ。
「はい、私にははきとは申し上げられないのでございますが、何かお心に積もるものがおありのようにございますゆえ」
それとはなしに肯定すると、孝俊はそのまま黙り込んだ。
美空の問いに応えることなく、孝俊は再び茫漠とした視線を庭に投げる。
孝俊のその反応は、流石に衝撃だった。美空はまるで自分という存在ものものが良人に拒否されたように思える。
