
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第9章 第三話〝細氷(さいひょう)〟・其の壱
その瞳の奥底に潜む感情は何なのか。
哀しみでもなく、怒りでもなく。
ただ無限の闇へと続くような空疎な瞳が美空を静かに見つめている。
美空は決然とした想いを瞳に込め、孝俊の手から自分の手を解き放った。
「―それがそなたの応えなのか?」
怖いほど静かな、落ち着いた声。
その声に、美空は小さく頷いて見せる。
ふいに、孝俊が立ち上がる。しばらくの間、感情の読み取れぬ眼で美空を見下ろした後、孝俊は踵を返した。
「お暇を―、お暇を頂きとうございます」
咄嗟に口を突いて出た言葉に、孝俊が首だけをねじ曲げるようにして振り返った。
「暇、とな」
およそ何の感情も感じさせない声は冷え冷えとしている。美空がこれまで知る―少なくとも夕刻までの孝俊とはまるで別人のような男、見知らぬ男のようだった。
「はい、徳千代と孝次郞を連れて、このお屋敷から出てゆきとうございます」
我が生みし子だけは、何があっても手放したくはない。美空が懸命な面持ちで言うと、孝俊はフと鼻で嗤った。
「馬鹿な、そのようなことができるはずもなかろう。徳千代はこの尾張藩の大切な世継、ましてや、俺が次の将軍ともなれば、徳千代もいずれは公方さまだ。孝次郞とて同様、徳千代に万が一ありしときは、孝次郞が嫡子となる。二人共に手放すことなど考えられぬ。出てゆきたければ、そなた一人で出てゆくが良い。この屋敷には居辛かろうゆえ、どこぞに隠居所でも建ててやるから、そこで好きに暮らすが良かろう」
「―」
この男は、私から徳千代と孝次郞を取り上げるつもりなのだ!!
美空は茫然と孝俊を見上げた。
それで話は済んだとでも言うように、孝俊は襖にを手をかけた。
「殿、お待ち下りませ。あの子たちだけは、どうか、どうか手許にて育てさせて下さりませ」
哀しみでもなく、怒りでもなく。
ただ無限の闇へと続くような空疎な瞳が美空を静かに見つめている。
美空は決然とした想いを瞳に込め、孝俊の手から自分の手を解き放った。
「―それがそなたの応えなのか?」
怖いほど静かな、落ち着いた声。
その声に、美空は小さく頷いて見せる。
ふいに、孝俊が立ち上がる。しばらくの間、感情の読み取れぬ眼で美空を見下ろした後、孝俊は踵を返した。
「お暇を―、お暇を頂きとうございます」
咄嗟に口を突いて出た言葉に、孝俊が首だけをねじ曲げるようにして振り返った。
「暇、とな」
およそ何の感情も感じさせない声は冷え冷えとしている。美空がこれまで知る―少なくとも夕刻までの孝俊とはまるで別人のような男、見知らぬ男のようだった。
「はい、徳千代と孝次郞を連れて、このお屋敷から出てゆきとうございます」
我が生みし子だけは、何があっても手放したくはない。美空が懸命な面持ちで言うと、孝俊はフと鼻で嗤った。
「馬鹿な、そのようなことができるはずもなかろう。徳千代はこの尾張藩の大切な世継、ましてや、俺が次の将軍ともなれば、徳千代もいずれは公方さまだ。孝次郞とて同様、徳千代に万が一ありしときは、孝次郞が嫡子となる。二人共に手放すことなど考えられぬ。出てゆきたければ、そなた一人で出てゆくが良い。この屋敷には居辛かろうゆえ、どこぞに隠居所でも建ててやるから、そこで好きに暮らすが良かろう」
「―」
この男は、私から徳千代と孝次郞を取り上げるつもりなのだ!!
美空は茫然と孝俊を見上げた。
それで話は済んだとでも言うように、孝俊は襖にを手をかけた。
「殿、お待ち下りませ。あの子たちだけは、どうか、どうか手許にて育てさせて下さりませ」
