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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第10章 第三話・其の弐

 美空だとて、細氷を目の当たりにしたのは、まだこれで三度めなのだ。美空は幸運にも、この感動的な風景を眼にできた歓びに心浮き立たせながら、長い間、その場に立って煌めく氷の舞を眺めていた。
 舞い降りてくる雪を見上げていると、自分の心まで純白に染め上げられてゆくようだ。灰色の天から絶え間なく降りてくる雪を眺めていると、何か現のものとも思えず、我が身が物語の世界に迷い込んでしまったような錯覚さえ憶えた。妖しくも不思議な雪の幻惑―、美空は慌てて小さく首を振り、眼をまたたかせる。
 ずっと降りしきる雪を眺めていたため、雪から眼を逸らしてもまだ視界が白く染まっているような気さえした。美空はこめかみに片手を当て、改めて手のひらが愕くほど冷え切っていることに気付く。それで漸く家の中に戻る気になり、踵を返しかけたその時、白い幕の向こうから次第に人影が近付いてくるのを認めた。
 美空の黒い瞳にわずかに緊張と警戒心が漲った。が、その人物の顔が徐々にはっきりとしてくるに及び、軽い吐息を吐く。その表情には、明らかに安堵が混じっていた。
「美空ちゃん」
 聞き憶えのある声で名を呼ばれ、美空の面に自然とやわらかな笑みがひろがる。
「どうしたんだい、こんな寒い日に、外へ出たりして」
 誠志郎の問いに、美空は微笑んだまま応えた。
「ほら、見て下さい」
 誠志郎が美空のほっそりとした指先の指し示す方に顔を向ける。
 吹く風に舞う雪に交じって時折、きらりと光る氷のかけらに、誠志郎もまた眼を細めた。
「本当だ、綺麗だねえ」
 感心したようにしきりに頷く誠志郎を見て、美空はまた笑った。
「こんなに綺麗な景色ならいつまで見ていたいと思う気持ちは判らないでもないが、とにかく今は家に戻った方が良い。風邪を引いちまうよ」
 誠志郎に促され、美空は家の中に戻った。すぐ後ろから誠志郎もついてくる。

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