
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第2章 其の弐
薄蒼い空はどこまでもくっきりと冴え渡り、その寒走った色は既に晩秋というよりは初冬と呼んだ方がふさわしいように見える。それでも、今年は温かい日が続いたせいか、重なり合った葉の色はまだ十分に紅く、燃えるような色を滲ませた葉が夕陽に照り映え、眩しく眼を射るようであった。
風が吹く度に散り残った紅い葉がはらはらと舞い上がり、池の面に落ちる。晩秋の夕暮れ刻の風はゾクリとするような冷たさを孕んでいて、美空は思わず、身の傍を駆け抜けた風に身体を震わせた。
ただでさえ紅く染め上がった樹々が落日の陽光を一斉に浴び、その色が殊更際立つ。夕陽に燃える樹々に囲まれた美空は一瞬、紅蓮の焔に取り囲まれているようにも思え―、その緋色に幻惑されそうになった。
―帰らなければ。
何故か無性にそんな想いに急き立てられ、何ものかに背を押されるように燃え立つ樹々に背を向けた。
絵馬堂の前まで急ぎ足で歩いてきたときのことである。御堂の前にぬかずき、一心に祈っている男の姿が眼に入った。ここは随明寺の境内でもとりわけ人気のない場所であることから、男女の逢引の場所―恋人たちが逢瀬を持つ場所としても知られている。
が、若い男女ならともかく、男が一人というのは珍しい。何かよほど切羽詰まった願い事でもあるのか、と跪いている男の後ろ姿を何げなく見つめていると、ふいに男が首をねじ曲げるようにして振り返った。
張りつめた静寂の中で視線と視線が絡み合う。―あのときと同じだった。十日近く前、町の往来でふとすれ違ったあの一瞬、あのときもやはり、こんな風に刻が止まったように感じたのだ。
この男(ひと)とその周りを取り巻く風景だけが色を持っているように際立って見えた。美空は呼吸をするのさえ忘れたかのように眼を見開き、男を見つめた。あの幾つもの夜を集めたような瞳が射抜くように美空を見つめている。穏やかでありながらも烈しさを宿した瞳で。
「また、逢えましたね」
男のひと声で止まっていた時間がゆっくりと動き始めた。
それでも、美空はただ眼を見開いて男を見つめることしかできないでいた。熱いものが込み上げてきて、思わず男から眼を逸らす。
風が吹く度に散り残った紅い葉がはらはらと舞い上がり、池の面に落ちる。晩秋の夕暮れ刻の風はゾクリとするような冷たさを孕んでいて、美空は思わず、身の傍を駆け抜けた風に身体を震わせた。
ただでさえ紅く染め上がった樹々が落日の陽光を一斉に浴び、その色が殊更際立つ。夕陽に燃える樹々に囲まれた美空は一瞬、紅蓮の焔に取り囲まれているようにも思え―、その緋色に幻惑されそうになった。
―帰らなければ。
何故か無性にそんな想いに急き立てられ、何ものかに背を押されるように燃え立つ樹々に背を向けた。
絵馬堂の前まで急ぎ足で歩いてきたときのことである。御堂の前にぬかずき、一心に祈っている男の姿が眼に入った。ここは随明寺の境内でもとりわけ人気のない場所であることから、男女の逢引の場所―恋人たちが逢瀬を持つ場所としても知られている。
が、若い男女ならともかく、男が一人というのは珍しい。何かよほど切羽詰まった願い事でもあるのか、と跪いている男の後ろ姿を何げなく見つめていると、ふいに男が首をねじ曲げるようにして振り返った。
張りつめた静寂の中で視線と視線が絡み合う。―あのときと同じだった。十日近く前、町の往来でふとすれ違ったあの一瞬、あのときもやはり、こんな風に刻が止まったように感じたのだ。
この男(ひと)とその周りを取り巻く風景だけが色を持っているように際立って見えた。美空は呼吸をするのさえ忘れたかのように眼を見開き、男を見つめた。あの幾つもの夜を集めたような瞳が射抜くように美空を見つめている。穏やかでありながらも烈しさを宿した瞳で。
「また、逢えましたね」
男のひと声で止まっていた時間がゆっくりと動き始めた。
それでも、美空はただ眼を見開いて男を見つめることしかできないでいた。熱いものが込み上げてきて、思わず男から眼を逸らす。
