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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第10章 第三話・其の弐

 そこまでして、誠志郎は江戸からやってくる。彼の心の底にはいまだに美空への消えぬ想いが、絶えることのない川の流れのように流れている。だが、誠志郎が美空の前で泊まろうとする素振りを見せたことはない。どんなに悪天候であろうと、夜になろうと、誠志郎は決まった時間だけいて、必ず潔く帰ってゆく。
 そんな男に、美空は両手を合わせたい想いだった。父が亡くなった後も感じたことだが、誠志郎は度量の大きい男だ。男気があるというのか、相手に対してけして見返りを求めない。誠志郎という男を知れば知るほど、美空はこの世に無償の優しさというものが存在することを思い知らされた。様々な人生経験を重ね、商人として多くの人を見、拘わってきただけあって、誠志郎は孝俊に比べれば、はるかに大人の男であった。
 孝俊も確かに優しい男ではあったが、いかにせん、まだ若い。それに継母に苛め抜かれたという不遇な少年期を過ごしたとはいっても、大藩の公子として不自由なく育ったせいか、少し自分中心的な物の見方をするところがあった。
「それでは、私はこれで失礼するよ。女一人の住まいだ、くれぐれも用心して戸締まりだけはきちんとするんだよ?」
 誠志郎が立ち上がりながら言い、浮かしかけた腰をふと止めた。無造作に手を伸ばし、美空の頬に触れる。
「良かった、火に当たったせいで、身体もすっかり温まっている。美空ちゃん、細氷に見惚れるのは良いが、ほどほどにするんだぞ。見惚れすぎて、気が付いたら、美空ちゃんまで凍ってしまった―なんてことのないように気をつけてな」
 さりげなく誠志郎から言われ、美空は何故か眼許にかすかな朱を走らせる。白い頬を、瞬時に熟れた林檎のような色に染め上げた。
 判ってはいる。誠志郎には何の他意も含むところもないのだ。美空の身体を本心から案じての行為だとも承知している。
「はい」
 美空は頷きながら、自分も慌てて立ち上がった。

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