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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第10章 第三話・其の弐

 依頼者からの注文と真新しい布を持参した誠志郎は、ほんの一刻余り滞在しただけで、慌ただしく帰ってゆくのが常であった。そして、その次におとなうときに、出来上がった着物を受け取り、相応の報酬を置いてゆくと共に、次の仕事も持ってくるのだ。
 とはいっても、いまだに二人の間には男女の色恋めいたものは何もなく、誠志郎は以前と変わらず何の見返りも求めることなく、美空を助け、優しさをくれるだけだ。そんな誠志郎に対して、美空は以前とは少し違った感情を抱くようになった。もとより、それは、世でいう恋愛感情とは全く違うものだ。
 が、芽生えた揺るぎない信頼の中にほんの少しだけ混じった想いの正体を、美空はまだ知らない。
 囲炉裏を囲んで一刻ほどを過ごす間にも、誠志郎は少しも時間を無駄にしない。滞在時間の大方は仕事の話が中心で、これでは男女の甘やかな雰囲気が生まれることはないだろう。
 そういったところは、流石に敏腕の商人らしかった。もっとも、美空は知らぬことだが、かつて求婚を断られた誠志郎が敢えて美空と必要以上に親密にならないようにしているがゆえでもあった。
 今日もまた、幾つかの仕事を回してくれ、今回、渡す分の仕立賃も多めにくれた。
「誠志郎さん、本当にこんな雪の中をわざわざお越し下さって、ありがとうございます。でも、これでは少し報酬を頂きすぎです」
 美空が控えめに言うと、誠志郎は笑った。
「良いんだよ。美空ちゃんの仕事は昔から丁寧で、評判も上々だ。これくらい払うのは当然のことさ」
 事も無げに言い、誠志郎は腰を上げた。
「昨日は雪が烈しくて、最初の宿場町で思わぬ足留めを喰らってしまったが、どうにか、ここまで来られて良かった」
 誠志郎は普段は一日歩きどおしで、江戸からここまで来る。早朝江戸を発ち、昼夕刻近くにこちらへ着き、一刻余り滞在した後は、すぐに引き返すのだ。が、当然ながら帰りは一つめの宿場町の旅籠で一泊することになる。

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