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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第10章 第三話・其の弐

 一方、誠志郎は美空と別れて、急ぎ足で小道を辿った。ほどなく雪は更に烈しさを増し、風までが強く吹き付け始め、天候は嵐の様相を呈してきた。誠志郎はいっそう脚を早める。
 四半刻ほど歩いた頃、誠志郎は立ち止まった。すぐ前方が見えないほど、烈しい吹雪となってしまった。このままでは、もう進めない。が、引き返そうにも、もうここからでは引き返せず、進みもできない。
 誠志郎が途方に暮れたまさにその時、頭上でドウッと獣の怖ろしげな咆哮にも似た轟音がとどろいた。
 誠志郎がハッとして、頭上を見上げる。道の両脇に鬱蒼と生い茂った樹の枝に降り積もった雪がその重みに耐えかね、落ちてきたのだ。
 思わず身を翻し、逃げようとして、誠志郎はつんのめった。雪に脚を取られたのだ。
「―!」
 誠志郎は声にならない声を上げた。
 自分めがけて凄まじい勢いで落下する雪を見上げながら、誠志郎が最後にその瞼に思い浮かべたものは、花のような女の笑顔だった。
 まだ、やり残したことがあるような気がする。薄れゆく意識の中で、ちらりとそんなことを考えたが、女の笑顔に見惚れているうちに、何もかもがどうでもよくなっていた。
 と、唐突に一つの想いがよぎる。
―そうだ、私はまだ言い残したことがあったのだ。
 今度逢ったら、伝えようと思ったのに。
 その時初めて、まだ死にたくない、生きたいという強い衝動が湧き上がった。
 三十八年も生きてきて、生への執着をこれほどまでに強烈に感じたのは初めてのことだった。
 咄嗟に懐から小さな巾着を取り出し、握りしめる。
―美空ちゃん。
 誠志郎は、たった一人、生涯かけて愛した恋しい女の名を心の中で叫んだ。

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