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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第10章 第三話・其の弐

 その二日後。
 二日間、降り続いた雪は漸く止んだ。その日の昼下がり、美空は辻堂まで出かけた。
 螢ヶ池の上に積もった雪が凍っている。雪を載せた蓮の茎が立ち並んでいる様は、まさしく氷上に咲いた花のように見えた。
 池の上全体に薄く氷が張っているようだ。
 純白の化粧を美しく施された池の面を眺めている中に、ふっと男の笑顔が脳裡に浮かぶ。
 今頃、誠志郎はどうしているのか。
 誠志郎が訪れた日、小さな村には猛吹雪が吹き荒れた。あのような烈しい降りの中、道中は、さぞ難儀したことだろう。あれから無事に宿場町まで辿り着いたのか、誠志郎の身がしきりに案じられた。
 二日前に別れたばかりの男の消息に想いを馳せる。
 次に誠志郎がこの村を訪れるのは十日後か、半月後。
 そんな想いがふっと胸に落ちてきて、美空は溜息をついた。
 この小さな仕舞屋は、村長から借りているものだ。六畳ほどの板の間に四畳の畳部屋、小さな湯殿がついている。美空一人であれば、十分すぎるほどの広さであった。もう六十に手が届こうかという村長は、鄙びた農村にふさわしい気の好い穏やかな老人であった。江戸から来た美空の素姓や子細を深く詮索することもなく、この家を貸してくれた。
 山の麓の村の冬は長い。けして標高は高くはないが、山がすぐ背後に控えているせいで、冷たい山おろしが直接吹き付けてくるのだ。師走ともなれば、雪が降る日も多く、いざ降り出すと二日どころか、数日降り続くこともある。そうなると、雪に閉じ込められる形となり、文字どおり、小さな村は外界と遮断された形となる。
 殊に、村も外れにポツンと建つ一軒家―美空の住まいは完全に孤立してしまう。雪に降り込められる間、美空はただひたすら屋内で仕立物に精を出して過ごした。女一人の暮らしでは他にさしてすることもなく、時間は持て余すほどあった。一人で荒れ狂う雪の音に耳を傾けながら針を動かしていると、この世に自分がたった一人取り残されてしまったのではないか―、そんな錯覚に囚われる。

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