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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第10章 第三話・其の弐

 このなだらかな丘の上に建つ家が、あたかもこの世の果てにあるように思え、ひしひしと孤独感、寂寥感が身に迫るのだった。
 身許が露見するのを怖れ、村人とも殆ど交流を避けているため、美空が言葉を交わすのは、時折この家を訪れる誠志郎や太吉だけであった。
 薄蒼い空は澄んでいて、今日は雲一つなかったが、いかにも冬特有の寒走った色をしている。弱々しい光を投げかける太陽の光が池の面に真っすぐ差し込み、氷が陽光を受けて煌めいている。
 池のほとり、丁度辻堂の前に珊瑚水木の樹が植わっていた。丈はかなり高く、御堂の屋根とほぼ同じくらいある。ちょっと見には南天や万両の樹に似ていないこともないけれど、決定的に違うのは紅瑪瑙を思わせるつぶらな実が数え切れぬほど無数についていることだ。
 それこそ緑の小さな葉が隠れるほど、びっしりと紅い実をつけているその姿が珊瑚に例えられるのも納得できるような気がする。
 美空はまず辻堂の真正面に立ち、両手を合わせる。誠志郎の息災と二人の子どもたちのつつがない成長を祈った後、傍らの珊瑚水木をじっと眺めた。この枝をほんの一本だけ手折って家の中に飾れば、殺風景な家の中がさぞかし華やぐことだろうと思う。
 だが、弘法大師を祀るお堂の前に立つ樹を手折るのも罰当たりな気がして、諦めた。
 珊瑚水木の緑の葉の上にもまだ雪がまだらに残っている。一面白い布を敷き詰めたような風景の中、緑の葉と無数についた赤珊瑚のような実が際立ち、眼にも鮮やかだ。
 しばらく艶やかな紅い実に見入っていた美空は、ゆっくりと家までの道を辿り始めた。ここから村の外れに建つ住まいまでは、ちょっとばかりかかる。小さな村には、広範囲に渡って人家が点在しているのだ。
―細氷に見惚れるのは良いが、美空ちゃんが氷になってしまうほど長い間、外にいてはいけないよ。
 ふいに誠志郎の声が耳奥で甦った。
 あの優しい、見る者を包み込むような笑顔を早く見たいと思う。

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