
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第11章 第三話〝花笑み~はなえみ~〟・其の参
「房道どのは摂関家の当主にしては、大変ざっくばらんな、気さくなお方だ。初めてお逢いするまでは、摂関家の人間などは皆、義母上のように権高で己が生まれを鼻にかけておるような連中ばかりだと思うていたが」
当時、孝俊はまだ孝太郎と名乗っていた前髪立ちの少年だった。房道は朝廷よりの内々の使者として将軍家友公に逢うために下向した。あくまでも表向きは私用のためという名目だったため、親戚筋に当たる尾張徳川家の藩邸に逗留したのである。
その頃、既に房道は三十歳、摂政として幼き帝を助け参らせ、万機を決裁し廟堂で重きをなしていた。尾張藩上屋敷で、孝太郎は義母宥松院に疎まれ、孤独な日々を送っていた。義母に迫害され続け、孝太郎は誰に対しても頑なに心を閉ざしていたところがあったのである。そんな少年に、房道は親しく語りかけ、孝太郎も温厚で気さくな房道の人柄に強く惹かれ、次第に心を開いていった。
「房道どのとの出逢いは、俺に新しい世界を示してくれた。俺が万葉集に傾倒するようになったのも、房道どのに紹介されたのがきっかけだからな」
―世の中は広い。そなたもいずれ長ずれば、藩主の弟として尾張藩を支えねばならぬ。そのときのために、様々なことを学び、知りなさい。自分の殻に閉じこもらずに、見聞をひろげるのだ。知識や教養はけして無駄にはならない。むしろ、いずれ、そなたを助けてくれることになろう。知恵深き者は真の意味で強い。
房道は、孝太郎にそう諭した。
上屋敷に滞在すること数日、房道は再び京に帰った。ほどなく、近衛家から〝万葉集〟を初め数冊の書物が送られてきた。それらはすべて、本来ならば門外不出の伝来の家宝であった。しかし、房道は約束どおり、孝太郎に家宝の蔵書を送ってよこしたのだ。
孝太郎は夢中でそれらを書き写した。すべてを手作業で行うため、完成までにはかなりの刻を要した。結局、すべてを映し終えたのは、本を借りてから二年後のことになった。
当時、孝俊はまだ孝太郎と名乗っていた前髪立ちの少年だった。房道は朝廷よりの内々の使者として将軍家友公に逢うために下向した。あくまでも表向きは私用のためという名目だったため、親戚筋に当たる尾張徳川家の藩邸に逗留したのである。
その頃、既に房道は三十歳、摂政として幼き帝を助け参らせ、万機を決裁し廟堂で重きをなしていた。尾張藩上屋敷で、孝太郎は義母宥松院に疎まれ、孤独な日々を送っていた。義母に迫害され続け、孝太郎は誰に対しても頑なに心を閉ざしていたところがあったのである。そんな少年に、房道は親しく語りかけ、孝太郎も温厚で気さくな房道の人柄に強く惹かれ、次第に心を開いていった。
「房道どのとの出逢いは、俺に新しい世界を示してくれた。俺が万葉集に傾倒するようになったのも、房道どのに紹介されたのがきっかけだからな」
―世の中は広い。そなたもいずれ長ずれば、藩主の弟として尾張藩を支えねばならぬ。そのときのために、様々なことを学び、知りなさい。自分の殻に閉じこもらずに、見聞をひろげるのだ。知識や教養はけして無駄にはならない。むしろ、いずれ、そなたを助けてくれることになろう。知恵深き者は真の意味で強い。
房道は、孝太郎にそう諭した。
上屋敷に滞在すること数日、房道は再び京に帰った。ほどなく、近衛家から〝万葉集〟を初め数冊の書物が送られてきた。それらはすべて、本来ならば門外不出の伝来の家宝であった。しかし、房道は約束どおり、孝太郎に家宝の蔵書を送ってよこしたのだ。
孝太郎は夢中でそれらを書き写した。すべてを手作業で行うため、完成までにはかなりの刻を要した。結局、すべてを映し終えたのは、本を借りてから二年後のことになった。
