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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第12章 第四話・其の壱

 家俊は民に倹約を命じるだけではなく、自身も質素倹約を励行し、身につける着物や三度の食事においても、先代家友公のときより大幅に改めた。その徹底ぶりは老中たちでさえ呆れるほどであり、
―天下の公方さまの御身でおわしませば、今少しはご身辺にお気をお遣いになられてもよろしいのではございませぬか。
 と、老中が進言したという。
 しかし、家俊は笑って、こう応えた。
―天下の将軍であればこそ、余は自らが襟元を正し、質素を旨とする日々を送らねばならぬのだ。民に慎めとだけ申しながら、余は贅沢に耽っているとすれば、申し訳が立たぬ。余が自ら範となれば、民もまた自ずと倹約を心がけるようになるであろうぞ。
 そう言って、あろうことか、木綿の小袖、袴、一汁一菜の食事を徹底させている。 上に立つ将軍がそこまですれば、老中たちもそれに倣うわざるを得ず、幕閣の中にも、この家俊のあまりに徹底した倹約主義に
―これでは、あまりにやりすぎではないのか。
 と不満の声も上がり始めているそうだ。
 家俊には昔から、完璧主義というか、徹底したところがあった。自らが一度こうと決めたことは、梃子でも引かず最後までやり遂げようとする不屈の意思とでも言おうか。それは美点には違いないが、時には両刃の刃となり得るときがあるだろう。特に、将軍という天下を治める為政者となった場合には。
 為政者には常に柔軟性が求められる。もしかしたら、家俊は将軍になったことで、その役割―自らの使命を全うせねばならないと、かえって頑なになっているのかもしれない。いや、頑なといよりは、視野が狭くなってしまっているのだろう。恐らく今の家俊に何より必要なのは、もう少しゆったりと構え、広い視野で天下を、民の心を見ることなのだろう。
 が、良人が自らの暮らしをそこまで切り詰めてまで倹約令を徹底させようとする今、美空は妻である我が身もまた、良人の意に添いたかった。

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