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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第14章 第四話・其の参

 時は夜とて、家友公は大奥の寝所で若い側室と閨を共にするため、寝所に赴く途中であった。薄暗い廊下の彼方に眼を凝らしてみても、誰もいない。家友公の背後に付き従っていた奥女中たちは、蒼白になった。
―おお、あれは滝橋ではないか。
 懐かしげにその名を呼ばれた家友公の眼には、確かに白髪の老婆が平伏する姿が映じていたのだろう。
 以来、〝滝橋さまの亡霊〟は開かずの間と共に、大奥の七不思議・怪談の一つとして真しやかに語り継がれることになった。
 その開かずの間の前には、武装した男二人が物々しい雰囲気で立っている。大方は目付の配下の者たちであろう。
 たかだか女一人に何という大仰なと、美空はほろ苦い想いで彼等を眺めた。
 美空の姿を認めると、二人はその場に平伏した。
「御客会釈矢代に逢いたい」
 ただひと言告げ、そのまま部屋に入ろうとすると、一人がさっとその前に立ちはだかった。
「なりませぬ。たとえ御台さまであらせられようと、上からのお達しにより、何人なりともここには入れてはならぬと命じられております」
 美空は瞳に力を込め、語気も鋭く断じた。
「職務に忠実なのは結構。したが、この私を何と心得る、仮にも公方さまの妻、大奥を統べる御台所である。ここは大奥、本来であれば、そなたら余所者は一歩たりとも脚を踏み入れることはまかり成らぬ禁域じゃ。この大奥で私に命じることのできるのは、公方さまただお一人。その私がここを通せと申しておる。それでも、そなたらは我が頼みを聞けぬと申すか!」
 美空の気性であれば、本当は、このようなことはしたくない。自分の地位や立場に物言わせ、相手を屈服させ従わせるというのは最も忌むべきことであった。
 しかし、今は、そのようなことは言ってはおられない。

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