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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第15章 第四話・其の四

「大方、それは俺のことであろうな」
「はい、ご賢察のとおりにございます」
 美空はそう応え、恭しく頭を下げて見せた。
「それにしても、そなたはよくやった。これだけの字を書くには、相当の修練が要ったであろうに。なかなか誰にでもできることではない。恐らくは、そなたであるからこそ、できたのだ。―俺は近頃つくづく思う。俺はまたとなき得がたき良い妻を得たのだな」
 これはしみじみと言う家俊に、美空はかぶりを振った。
「いいえ、ここまで来るまでには、上さまのお導きがなければ絶対に叶いませんでした。私にとって、武家の世界は何もかもが初めて見、聞くものばかり。どちらに向いて何を致せば良いのかさえ判らず、三歳の幼子よりもまだ何も知らぬ無知な娘であったのです。それが、上さまに温かく見守って頂き、私は赤児のような覚束なき足どりで漸くここまで歩いてくることができたのでございますゆえ」
 それは本音であった。
 町家上がり、色香で家俊を籠絡した、したたかな女、成り上がり者と蔑まれ、冷たい眼ばかりの中、家俊と智島がいなければ、美空はとうにそれらに負けていただろう。尻尾を巻いて逃げ出していただろう。
 武家の世界は美空にとって、それほどに未知の世界であったのだ。

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