
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第3章 其の参
お民は今、大皿に山のように盛った大根の煮物を持って、大きな身体を揺するようにして歩いてくるところだった。あまりにも大柄で身の幅もあるため、歩くときはどうしてもこんな歩き方になってしまうのだ。
むろん、行く先は美空の住まいである。肩を上下させながら美空の家の前までやって来たお民の口から、たまぎるような悲鳴が上がった。
その同じ頃。孝太郎は和泉橋を渡っているところだった。
和泉橋は名を知る人とていない小さな川にかかっており、上手(かみて)に閑静な武家屋敷町、下手(しもて)に錚々たる大店が軒を連ねる町人(ちようにん)町(まち)がある。この小さな橋一つを境として全く異なる様相を呈する二つの町が存在している。
〝和泉橋町〟と呼ばれる武家屋敷町は時の老中松平越中守を初めとし、各藩の上屋敷、旗本たちの住まいが立ち並んでいる。昼間でさえ、人通りの少ない静かな場所である。それに対し、町人町とはその名のごとく商家が居並び、大通りをあまたの通行人が行き交い、活気に溢れている。
孝太郎が美空と暮らす徳平店はこの町人町の外れにあり、随明寺も近い。もうここからでは、眼と鼻の先にある。
孝太郎は溜息を一つ吐く。いつもなら、美空の心尽くしの弁当を持って出かけるのだけれど、今朝は彼の新妻は珍しく寝過ごしてしまった。毎朝、孝太郎よりも早く起きて弁当と朝飯の用意をこなしている美空には滅多とないことだ。
ここのところ、どうも、美空は身体の調子が良くないように見えた。蒼い顔をして、食事もあまり進まぬようだし、時々は吐き気をこらえているように片手で口許を押さえている。蹲って、ただでさえ小さな身体をくの字に折り曲げ咳き込み続ける美空を見ていると、孝太郎は心配で矢も楯もたまらない。
もし、このまま息絶えてしまったらと考えただけで、怖ろしさに気が狂いそうになる。美空のいないこの世でたった一人、孤独を抱えて生きてゆかなければならないと思うと、叫び出したいほどの恐怖に襲われるのだ。
町医者に診て貰うようにと幾度かは勧めたのだが、どうにも気が進まないようで、美空は医者のところに行った風はない。
やはり、何かの病気なのだろうか。孝太郎は嫌な考えに囚われ、慌てて首を振り、その不吉な予感を頭から追いやった。
むろん、行く先は美空の住まいである。肩を上下させながら美空の家の前までやって来たお民の口から、たまぎるような悲鳴が上がった。
その同じ頃。孝太郎は和泉橋を渡っているところだった。
和泉橋は名を知る人とていない小さな川にかかっており、上手(かみて)に閑静な武家屋敷町、下手(しもて)に錚々たる大店が軒を連ねる町人(ちようにん)町(まち)がある。この小さな橋一つを境として全く異なる様相を呈する二つの町が存在している。
〝和泉橋町〟と呼ばれる武家屋敷町は時の老中松平越中守を初めとし、各藩の上屋敷、旗本たちの住まいが立ち並んでいる。昼間でさえ、人通りの少ない静かな場所である。それに対し、町人町とはその名のごとく商家が居並び、大通りをあまたの通行人が行き交い、活気に溢れている。
孝太郎が美空と暮らす徳平店はこの町人町の外れにあり、随明寺も近い。もうここからでは、眼と鼻の先にある。
孝太郎は溜息を一つ吐く。いつもなら、美空の心尽くしの弁当を持って出かけるのだけれど、今朝は彼の新妻は珍しく寝過ごしてしまった。毎朝、孝太郎よりも早く起きて弁当と朝飯の用意をこなしている美空には滅多とないことだ。
ここのところ、どうも、美空は身体の調子が良くないように見えた。蒼い顔をして、食事もあまり進まぬようだし、時々は吐き気をこらえているように片手で口許を押さえている。蹲って、ただでさえ小さな身体をくの字に折り曲げ咳き込み続ける美空を見ていると、孝太郎は心配で矢も楯もたまらない。
もし、このまま息絶えてしまったらと考えただけで、怖ろしさに気が狂いそうになる。美空のいないこの世でたった一人、孤独を抱えて生きてゆかなければならないと思うと、叫び出したいほどの恐怖に襲われるのだ。
町医者に診て貰うようにと幾度かは勧めたのだが、どうにも気が進まないようで、美空は医者のところに行った風はない。
やはり、何かの病気なのだろうか。孝太郎は嫌な考えに囚われ、慌てて首を振り、その不吉な予感を頭から追いやった。
