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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第5章 第二話〝烏瓜(からすうり)〟・其の壱

 だが、智島の方は、美空の考えには不満があるようだ。常であれば、女主人の考えに口を挟むことはないのに、今日だけは違った。「ご簾中さまはそのように仰せられますれど、これが些末なことにございましょうか。私は―」
 そこで智島はいったん口をつぐみ、うつむいた。これも智島には極めて珍しいことだ。いつもなら、話の途中で言い淀んだりする智島ではないのに。
 美空が見つめていると、智島はなおも物言いたげな眼で見返していたが、やがて思い切ったようにひと息に言った。
「畏れながら、ご無礼を承知で申し上げるならば、妻がこのような酷い仕打ちを受けていることもお知りになろうともせずに、放っておかるる殿も殿かと存じまする」
「―」
 流石に、これには美空も言葉を失った。
 藩主をこうまであからさまに悪し様に非難するとは、流石は智島ならではの勇気というか無謀といえよう。しかし、実は、智島のこの言い分はもっともではある。
 美空が町人出身であることは尾張藩で知らぬ者はない。それをいきなり正室として藩邸に迎え入れると孝俊が宣言したのだ。猛反対の中、強硬に自分の意見を押し通すような形で。当然、藩邸入りした美空に周囲からの風当たりが強くないはずがない。良人であれば、それくらいは事前に予測して、できる得る限り庇ってやるのが情でもあり、筋というものではないか。
 なのに、肝心の孝俊は知らぬ顔で政務にばかりかまけていて、奥向きのことなぞ顧みようともしない。孝俊が奥向きに脚を踏み入れるのは夜、美空と臥所を共にするときだけで、それ以外は寄りつこうともしないのだ。これでは、奥向きの女たちは藩主の顔を拝むこともできない。若く美しい奥女中たちはいつ殿のお眼に止まり、お手つきの愛妾になれるかと、ひそかに期待を胸に抱いていたとしても、それもすべては空しい願いとなり果てる。
 そんな孝俊の奥向きへの配慮のなさもまた、美空に奥女中たちの敵意が向けられる一因ともなっている。そのことに、英邁との評判も高いはずの孝俊が気付かないのだろうか。
 もっとも、美空一人を熱愛している孝俊は幾ら足繁く奥向きに通ったとて、妻以外の女に眼を奪われることはないだろうが。―それはそれでまた、女たちの嫉妬と羨望をかきたて、美空の立場を余計に苦しいものにしている。

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