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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第5章 第二話〝烏瓜(からすうり)〟・其の壱

 この方のおんためであれば、我が生命も惜しくはない。智島が改めて決意を滲ませた瞳で美空を見つめる。
 智島の心中は知らぬままに、美空は小さく頷いて見せた。
「待ちましょう。いつか、そなたの申すような日が真に来るその日まで」
「はい、私はいつまでもご簾中さまのお側におりまする」
「ありがとう、そなたがいてくれたればこそ、私は至らぬ身ながらも、こうしてここに居られるのです」
 素直にそう言うと、普段は気の強い男勝りの智島が再び眼を潤ませる。
「私は両親を早くに失いました。同胞とてなく、私にとっては智島は姉のようなものと思うております」
「勿体ない」
 智島が泣き崩れるのを優しいまなざしで見つめ、美空は笑った。
「おかしいこと、いつもは宥められてばかりの私が今日は、そなたを宥めている」
 そのときである。
 障子越しに遠慮がちな声が聞こえた。
「失礼仕ります。若君さまがお目覚めになられましてございます」
 徳千代の乳母の声だ。どうやら、午睡から醒めた徳千代を連れてきたらしい。午睡から目覚めた徳千代は大抵、母を慕って盛大に泣き喚く。ゆえに、昼寝の後はいつも乳母が徳美空の部屋まで徳千代を連れてくるのが殆ど日課のようなものになっている。
 尾張藩の世継徳千代には乳母が付き、大切に守り育てられている。が、育児は基本的には自分之手でというのが美空の方針であった。現に今も乳を与えるのは美空である。徳千代もそろそろ生後一年が近くなり、離乳もも始めてはいるけれど、乳離れできるのはまだまだ先のようだ。
 徳千代が生後三ヶ月になるまでは、夜も美空が傍について添い寝してやっていたのだが、流石にこれは現在は止め、乳母が付いて別室で眠っている。というのも、美空の他に側室もおらぬ現在では、孝俊と夜を過ごすのは美空だけであり、その美空が生まれた赤児にかまけてばかりいて夜伽が務まらぬでは困る―と、重臣たちから苦情が出たのだ。

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