
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第6章 第二話・其の弐
愕いたことに、深窓の婦人というものは厠へゆくのにまで他人の手を借りるらしい。これには美空も最初は愕いた。厠の中にまで入ってこようとする侍女を説き伏せ、外で沫うにと頼んだほどだ。
ゆえに、今も誰か他の者に智島を探しにゆかせても良かったのだが、わざわざ忙しい奥女中の手を患わせるのも悪いと思ったのだった。しかし、気軽に動く美空のふるまいもまた他の奥女中たちの眼をひそめさせている。高貴な女性はむやみに自分から動いたりせず、鷹揚に構え、ちょっとした用事でも傍に控える侍女にやらせるのが常識だからだ。
自分一人で容易くできることに何故、他人の手を患わせるのか―そんなしきたりに違和感を憶えつつも、それが大名家のしきたりであるというのであれば、慣れなければならない。美空にとっては上屋敷での生活は、何もかもが愕きと戸惑いの連続であった。
美空が幾重にも曲がった廊下を歩いていたときのこと、ふいに女たちの賑やかな話し声が耳に飛び込んできた。
「宥松院さまは、こたびのことでたいそうなお怒りだそうにございますよ」
思いがけず聞いてしまった名に、美空は身を固くした。
「あのような下賤の者は、けして殿のご正式な室とはお認めにはならぬと。このようなことを申し上げては何でございますが、お生まれになった若君徳千代さまも実はお殿さまのお種ではないのではとお疑いとか」
続いて聞こえてきた会話に、美空は色を失った。まるで氷の塊を背筋に入れられたように、身体中が冷たくなった。
ゆえに、今も誰か他の者に智島を探しにゆかせても良かったのだが、わざわざ忙しい奥女中の手を患わせるのも悪いと思ったのだった。しかし、気軽に動く美空のふるまいもまた他の奥女中たちの眼をひそめさせている。高貴な女性はむやみに自分から動いたりせず、鷹揚に構え、ちょっとした用事でも傍に控える侍女にやらせるのが常識だからだ。
自分一人で容易くできることに何故、他人の手を患わせるのか―そんなしきたりに違和感を憶えつつも、それが大名家のしきたりであるというのであれば、慣れなければならない。美空にとっては上屋敷での生活は、何もかもが愕きと戸惑いの連続であった。
美空が幾重にも曲がった廊下を歩いていたときのこと、ふいに女たちの賑やかな話し声が耳に飛び込んできた。
「宥松院さまは、こたびのことでたいそうなお怒りだそうにございますよ」
思いがけず聞いてしまった名に、美空は身を固くした。
「あのような下賤の者は、けして殿のご正式な室とはお認めにはならぬと。このようなことを申し上げては何でございますが、お生まれになった若君徳千代さまも実はお殿さまのお種ではないのではとお疑いとか」
続いて聞こえてきた会話に、美空は色を失った。まるで氷の塊を背筋に入れられたように、身体中が冷たくなった。
