
激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第6章 第二話・其の弐
幸いにも、美空が立っている場所は死角になっていて、話に夢中になっている彼女たちには見えない。美空はそれ以上聞いてはならないと自分に言い聞かせつつも、身体の方は縫い止められたように動かなかった。
「まあ、幾ら何でも、そのようなことはございますまい」
まだ若い奥女中たちは、美空とほぼ同年齢だろう。若さゆえの好奇心を抑えられぬ様子で喋っている。
「いいえ、本当のところは、どうか判るものですか。大体、あのような町家の女に殿のお手が付いていたなぞとは江戸家老の碓井さまでさえご存じなかったのですよ。それも貧相な長屋育ちで、ふた親が何をしていたかも定かではないような家庭にであったというではありませんか。正直、最初にあのような女をご簾中としてお迎えになると聞いたきは、それはもう仰天致しました。いえね、お側妾としてというのであれば、何の不思議もございませぬ、殿がたまたまお忍びで町にお出になった時、見初めた女子に手を付けられただけのことと納得もできましょうが、何しろご正室というのですから」
「確かに、私もあのときの騒動はよく憶えております。ご家老さまを初め、主だったご重臣方、宥松院さまには晴天の霹靂、殊に宥松院さまは烈火のごとくお怒りになられましたもの。それでなくとも、宥松院さまと殿の間はなさぬ仲、以前から険悪であったご様子ですのに、あのせいで余計にこじれてしまわれました。さりとて、宥松院さまのお腹立ちももっともなこと。宥松院さまだけでなく誰もが、殿はいずれ近い中に京のご摂家からご正室をお迎えになるものと信じて疑っておりませんでした」
「そのお話なら、私も存じ上げておりましたわ。宥松院さまは、ご実家の鷹司家から新しいご簾中をお迎えになるおつもりだと専らの評判でしたものね」
ここで、やや甲高い声をする娘が小声になった。
「そうそう、そのことで、これまで殿を敵視ばかりなさっていた宥松院さまが殿に歩み寄られるのではと皆が期待しておりましたよ。何しろ、殿にお勧めする姫君は他ならぬ宥松院さまの兄上さまのご息女、つまり宥松院さまには姪御さまに当たられるというのですから」
「まあ、幾ら何でも、そのようなことはございますまい」
まだ若い奥女中たちは、美空とほぼ同年齢だろう。若さゆえの好奇心を抑えられぬ様子で喋っている。
「いいえ、本当のところは、どうか判るものですか。大体、あのような町家の女に殿のお手が付いていたなぞとは江戸家老の碓井さまでさえご存じなかったのですよ。それも貧相な長屋育ちで、ふた親が何をしていたかも定かではないような家庭にであったというではありませんか。正直、最初にあのような女をご簾中としてお迎えになると聞いたきは、それはもう仰天致しました。いえね、お側妾としてというのであれば、何の不思議もございませぬ、殿がたまたまお忍びで町にお出になった時、見初めた女子に手を付けられただけのことと納得もできましょうが、何しろご正室というのですから」
「確かに、私もあのときの騒動はよく憶えております。ご家老さまを初め、主だったご重臣方、宥松院さまには晴天の霹靂、殊に宥松院さまは烈火のごとくお怒りになられましたもの。それでなくとも、宥松院さまと殿の間はなさぬ仲、以前から険悪であったご様子ですのに、あのせいで余計にこじれてしまわれました。さりとて、宥松院さまのお腹立ちももっともなこと。宥松院さまだけでなく誰もが、殿はいずれ近い中に京のご摂家からご正室をお迎えになるものと信じて疑っておりませんでした」
「そのお話なら、私も存じ上げておりましたわ。宥松院さまは、ご実家の鷹司家から新しいご簾中をお迎えになるおつもりだと専らの評判でしたものね」
ここで、やや甲高い声をする娘が小声になった。
「そうそう、そのことで、これまで殿を敵視ばかりなさっていた宥松院さまが殿に歩み寄られるのではと皆が期待しておりましたよ。何しろ、殿にお勧めする姫君は他ならぬ宥松院さまの兄上さまのご息女、つまり宥松院さまには姪御さまに当たられるというのですから」
