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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第6章 第二話・其の弐

 それに、宥松院が孝俊に自分の姪を娶せようと思案していたとは初耳であった。孝俊は、そんなことは一切語らなかったのだ。恐らく、美空の心を必要以上に波立てまいとしたのだろう。それでなくとも、市井で生まれ育った美空がいきなり大名家に入るのだ、新しい環境で気苦労も多いであろう妻に無用な不安を与えまいとしたのだと判る。
 孝俊の優しさは心底嬉しいけれど、もし、あの者たちの話していたように、美空の出現によって、折角近付こうとしていた孝俊と宥松院の間がまたしても遠くなったのだとしたらと思うと、哀しかった。
 そう考えてゆけば、宥松院が美空を憎むのもそれなりの理由はあるし、美空がいつまて経っても歓迎されぬ嫁であることも納得はゆく。
 だが。
 徳千代の父親が誰か―、そこまでを疑われるのは、たまらなかった。美空が嫁として認められぬというのであれば、それでも良い。たとえ認められずとも、いつかは認めて貰うように努力しよう。しかし、何の罪もなき幼子まで憎み疎まれ、あまつさえ、孝俊の子ではないとまで囁かれているとは、あまり徳千代が不憫であった。
 それに、美空に親身になって仕える智島までが皆に悪く言われている。その事実もまた美空に新たな衝撃を与えていた。忠勤を励む智島にただひたすら申し訳ないと思う。
 美空は廊下に一人、ぽつねんと取り残されたまま庭を眺めていた。上屋敷の庭は広く、たとえ奥庭とはいえ、手入れもゆき届き、四季の草木花が植えられている。今は竜胆が紫色の壺型の花を咲かせ、白い小さな蝶が可憐な紫の花に戯れかけるかりように飛んでいる。
 逝く夏を惜しむかのように鳴く蜩の声が物哀しく響いてくる。
―玉ゆらに
 昨日の夕
  見しものを

    今日の朝に
     思ふべきものか

 孝俊が美空に教えてくれたあの恋の唄がふっと思い浮かんだ。

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