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RAIN

第5章 名前《翔side》

俺より明らかに身長が高い拓海さんを濡らさないように、傘を持ち上げているのは正直辛い。
だけど今は雨から拓海さんを濡らせないことに意識を持っていく。
「俺、あまり友達とかいなくて……。だから北条さんと知り合えて嬉しいんです。だからもし迷惑でなかったら、北条さんの家の前まで送らせてください」
なんて滑稽で図々しい願望だ。“友達”なんて今まで自分から望んだことなんてないのに。そして今だってそんなの望んじゃいない。自ら創り上げた都合のいい自分の世界。

それに拓海さんに“友情”なんて望んではいない。それよりもっと深い関係を本心は熱望している。なんて浅はかで背徳的な渇望なんだ。
だけどそんな本心を拓海さんに知られる訳にはいかない。それをもし拓海さんに知られたら、きっと俺は拓海さんと一生会えなくなってしまう。やっと得ようとしている関係が露と消えてしまう恐れがある。それだけは絶対に嫌だ。
だから今は拓海さんと一緒にいられる、都合のいい理由を口実にしなくては。


願いを切実に訴えれば、拓海さんはしばらく返事もなく、ただじっと俺を見つめていた。
なぜか拓海さんの思い詰めた瞳は俺を不安にさせる。何か重い枷を背負っているような、そんな切ない瞳が俺に向けられている。
だからこの沈黙がたまらなく重い。けれど俺は拓海さんの返事をひたすら待つしかなかった。俺と拓海さんの今後の行方は拓海さんに委ねられているのだから。

ただ祈るように縋るように受け身の俺は、拓海さんの横顔を見つめるしかなかった。


本当に綺麗な人だと改めて感嘆の息をつきたくなる。
さらさらとした黒髪から覗く黒水晶の瞳が俺を惹きつける。雨の雫を軽く受けた拓海さんがあまりにも美しく、誰よりも切な儚くみせた。
唇を強く噛み締め、何か堪えるようなその横顔に、胸が締め付けられる思いに駆られる。どうしてだろう?



しばらくして、雨音が響く中、ようやく拓海さんが小さく声を発した。

「……君の好意に甘えさせてもらっていいかな?」

遠慮した声で、だけどそれははっきりと俺の耳に届いた。





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