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RAIN

第5章 名前《翔side》

拓海さんの返事に、俺は素直に破顔する。

「……傘……、俺が持つよ」
浮かれている俺の耳に、相変わらず遠慮した声音で言う拓海さん。


実をいうと、拓海さんの身長に合わせて、傘を持つ手がつりそうな、痙攣しそうな状態だった。拓海さんはそんな俺を思い、気遣ったのだろう。
「……すみません……」
拓海さんに傘を渡す。なんか男として情けなくなるが、拓海さんに持ってもらった方がお互いの為だ。

あまりにも違いすぎる身長差。かたや百八十近い長身の美形と、かたや百七十そこそこの童顔。どうしてこんなにも違うのだろう? ほんの少しでも拓海さんとつりあう人間になりたい。欲望が蓄積していく。

俺を濡らさないようにと傘を俺へと寄せ、拓海さんはゆっくり足を運んでいく。それに気づいた俺は慌てて拓海さんの歩調に合わせる。



しばらくお互いに何も言葉を掛けることはなかった。
本当は拓海さんに聞きたいことがいっぱいあった。
拓海さんの年齢、家族のこと。そして何よりも一番聞きたかったのは恋人がいるかどうか……。

なのに何一つ聞き出せない。それどころか歩いてる最中、俺たちは一言も交わさない。会話もなく、俺の耳に入ってくるのは人を不愉快にさせる不快な雨音と、雨で濡れ渡ったコンクリートを歩く靴音だけ。

沈黙という空間の中、ただひたすら歩き続ける拓海さんの横顔に、俺は時々拓海さんに気づかれない程度に盗み見る。拓海さんは俺の視線に全く気づくことなく、ただひたすらに目的地へと歩を進めるだけだ。
だけどそれだけじゃない。拓海さんの表情はずっと憂い顔だった。思い詰めたような瞳に映っているのは何なのだろうか?
一緒に歩いている間、拓海さんはこちらに顔を向けることはなかった。まるで俺を拒絶しているようで悲しくなる。拓海さんにとって俺は邪魔者なのだろうか?



公園から離れて数分後にして、拓海さんの足が止まった。拓海さんが止まったことで、自然と俺も足を止める。
その先には薄い緑色した、二階建てのかなり年季の入った小さなアパート。どうやらここが拓海さんの住居だ。

「見ての通り狭くて汚いけど……、もし時間があるならお茶でもどうかな?」
俺へと顔を向け、相変わらず遠慮がちな声音。

けれど拓海さんから誘ってくれたことが嬉しくて、今までの不安は何処いく風とばかりに「はい!」と即答してしまった。


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