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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第6章 終焉

 心で詫び、一歩脚を踏み出す。
 そう、あと一歩進めば、その先は極楽、あの男が待つ天上苑。
 また、一歩前へと進む。とうとう、脚が池の水に浸かった。
 また、一歩。
 今度は両脚が水に浸かる。 
 ああ、脚に触れる水の、何とひんやりとして心地良いこと。
 うっとりと眼を閉じた時、水面を渡る風の音が心をめざめさせ、唐突に、あの人と過ごした忘れられない一瞬が瞼に甦った。
 あれは、確か、洞窟を出た直後、あの人が私に囁いた言葉だ。
―そなたにとっては不本意だったかもしれないが、私にとっては一生分の幸運を集めたかのような幸福な時間だった。良い想い出になるよ。
 思えば、あれは準基のその後を暗示するかのような不吉な言葉であった。まるで、もうこれで二度と逢えないかのような、別離の科白に取れないこともない。
 浄蓮にとっても、準基と過ごしたあのいっときは、生涯、忘れられない宝物になるだろう。
 浄蓮の心に一生かかっても消えない、くっきりとした面影を刻み込み、風のように呆気なくいなくなってしまったひと。
 風の音の中に愛しい男の声が聞こえるような気がして、浄蓮は耳を澄ましてみる。
 さわさわとかすかな音が聞こえてくるのは、あれは風にそよぐ花たちの花びらを触れ合わせる音?
―浄蓮、そなたはむしろ、兄上の生命を自分が引き継いだと思い、兄上の分まで生きなければならない。兄上の果たしたかった夢を、そなたが代わりに果たすのだ。
―若さま、私が生きることで、兄もまた叶えられなかった夢を果たすことができるのでしょうか?

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