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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第5章 永遠の別離

 林明が呟き、大粒の涙を零す。
「ここで泣いても仕方ないでしょう」
 桃華が傍でしきりに慰めていた。
 そんな林明の姿を見ていると、香花の眼にまた涙が溢れそうになってしまう。
 と、ふいに眼の前が翳った。どうやら、誰かが座ったらしい。
香花が緩慢な動作で顔を上げる。
「まあまあ、旦那。相席になっちまって、真にあい済みませんですねぇ」
 酒場の女将の愛想の良い声が聞こえてくる。どうやら女将は新たな客を案内してきたらしい。
 香花はぼんやりと視線を動かした。
「どうした、やけに元気がないな」
 どこか懐かしい声に、香花の虚ろな瞳に光が戻った。
「―あなた」
 見憶えのある美しい男が平然と座っている。光王だった。
「あなたが何で、こんなところにいるのよ?」
「相変わらず口の減らない女だな」
 光王が不敵な笑みを浮かべる。
「それはお互い様でしょ」
 プイとそっぽを向くと、光王は声を上げて笑った。
「そうそう、その調子。お前がへたれてたら、俺まで調子が狂っちまうからな」
 その時、香花は光王がわざと自分の気を引き立てようと邪険な物言いをしたことに気付く。
「色々と大変だったようだな」
 光王がじみじみとした声音で言う。こんな風に労りをはっきりと見せる彼は初めてだ。
「女将に金を渡しておいた。お前だけでなく、そっちの子ども二人もかなり疲れてるようだ。少し座敷で眠らせてやった方が良い」
「ありがとう。光王」
 素直に礼を言う香花に、光王は〝珍しいこともあるもんだ〟と肩をすくめている。

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