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月下にひらく華~切なさの向こう側~第6話【漢陽の春】

第10章 第三話【名もなき花】・少年の悲哀

「娘、昌福とやらの代わりに、そなたが今宵、儂を慰めてくれると申すのなら、今日のところは考えてやっても良い」
 その舌なめずりしそうな表情は、いかにも好き者らしく、淫らがましい。衝動的に飛び出してしまった香花ですら、背筋が冷たくなるように淫猥で下卑ている。
「どうだ、このまま儂の屋敷に参らぬか? そなたであれば、一夜と申さず、十日、いや、ひと月でも、儂が飽きるまでは可愛がってやるぞ?」
 男が陰にこもった笑い声を響かせた時、香花を下卑た視線から守るようにスと前に立ち塞がった影があった。
「黙って聞いてりゃ、男の癖に、よくもまあ、ぺらぺらと喋る奴だな。おっさん、見たところ、俺らより十年以上は長く生きてそうだが、一体、何を学んできたんだ? 両班ってものは偉そうに威張るだけで、実のところ、頭の方は空なのか?」
 いかにも相手を挑発する物言いは、普段は感情を人前で露わにすることは滅多とない光王には珍しい。よほど腹に据えかねているようだ。
「な、何だ、お前は」
 男が突き出た腹を揺すり、怒りに身を震わせた。

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