テキストサイズ

アルカナの抄 時の息吹

第4章 「月」逆位置

ヴェルテクスに、また朝が訪れる。肌をかすめるそよ風は、ほどほどにあたたかく、遠くには鳥のさえずりが聞こえる。そんな中、庭掃除をするあたしの姿を見つけた王が、つかつかとやってきた。

「お、おい!昨日のあれをしろ!!」
大声を出さずとも聞こえる近さで、興奮気味に王が叫ぶ。

「昨日のあれ?」

「きっ、気持ちいいヤツだ!!」

「ああ、キスのこと?」

「それだ!」

「こんなところではちょっと…」
こんな開けた、城じゅうから見える場所でするのは、さすがに恥ずかしいというか気が引けるというか。ところ構わずイチャイチャできるような歳でもないし。

「じゃあ次のヤツだ!!次にやろうとしてたヤツをやれっ!!」

「…もっと無理よ」
少しあきれ気味に言うと、王が不満げに顔をしかめる。

「~~~~っ!じゃあ何だったらいいんだ!!」
駄々をこねる子どものように王が叫んだ。だが、それを疎ましくは思わなかった。むしろ心地いい。まっすぐに自分を求めてくる王が、この上なく愛おしい。

…しょうがないわね。

あたしは、ふ、と頬を緩めると、そっと近づき、触れるだけの口づけを彼の唇に落とす。

「今は掃除中だから、続きはあとでね」

「ぐ……」

「…あなたのすべてを、愛してあげる。過去の分まで」
紫紺の目をじっと見て言うと、王は気まずそうに顔を背けた。

あたたかい風が二人を包む。近くには、二匹の蝶が踊るように飛んでいた。





           第四章 完

ストーリーメニュー

TOPTOPへ