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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~

第8章 ♦RoundⅦ(再会)♦

 しかし、それで、大切な有喜菜を非情にも利用したことを許せるかといえば、また別の話である。
「有喜菜、ありがとう」
 知らず、そんなことを口走っていた。
「身体を大切にして、無事に身二つになってくれ」
 照れくさかったので、早口で告げた。
 そんな直輝を、有喜菜は謎めいた微笑を湛えて見つめている。
 マスターの姿は、いつしか消えていた。控え室のようものがあるから、気を利かして、そこに籠もったのだろう。
 普段から、客の身の上相談には快く応じるが、けしてマスターの方から踏み込んでくることはない。それがこの店の人気の秘訣なのだ。
 その後、二人は一時間ほど他愛ない話をしてから、店を出た。直輝はタクシーで有喜菜をマンションの前まで送り届けた。
「少し寄っていく? コーヒーでも淹れるけど」
 その魅惑的な誘いに思わず頷いてしまいそうになりながら、直輝は意思の力を総動員して断った。

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