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Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~

第8章 ♦RoundⅦ(再会)♦

「いや、良いよ。今夜はもう遅いから。君も疲れたろうから、ゆっくり寝んでくれ」
「そう? 判った、じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
 直輝は後ろ髪を引かれる想いで、有喜菜に背を向ける。
 タクシーに再び乗り込むと、初老の運転手は無言で発車させる。この歳まで、一体いかほどの客を乗せて走ったのだろう。
 見知らぬ他人の長い果てのない人生をほんの一瞬だけ、共有するタクシー運転手と乗客。しかし、運転手は何があっても客の人生に立ち入ることはないし、見て見ないふりをする。
 直輝はいつしか運転手から意識を逸らし、車窓を流れては消える夜の町を無表情に眺めた。

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