テキストサイズ

Tears【涙】~神さまのくれた赤ん坊~

第9章 ♦RoundⅧ(溺れる身体、心~罠~)♦

「一つだけ訊いても良いかしら」
 控えめに言うのに、直輝は頷いた。
「何でも訊ねてくれ」
「赤ちゃんはどうするの?」
 既に有喜菜には、彼がどう応えるか、あらかた予測はついていた。
 それでも、彼が返答するまでには少しの刻を要した。直輝は唇をかすかに震わせ、それから眼を伏せた。
「もちろん、紗英子に育てさせるつもりだ」
「あなたはそれで良いの?」
「良いも悪いもない。子どもに対して情はあるし、叶うことなら、いつも側にいて成長を見守ってやりたい。でも、有喜菜。俺と別れたら、あいつにはもう何も残らない。生命を賭けても惜しくはないと思うほどに望んだ子どもまでを紗英子から奪い取ることはできないよ」
 そして、結局、紗英子のその狂おしいほどの願いは天に通じ、その代償のように、紗英子は直輝を喪った。紗英子が子どもをあくまでも望み続け代理出産に踏み切ったことが、直輝と紗英子の間に決定的な亀裂をもたらしたのだ。 
 しかし、誰が紗英子を責められるだろう。
 人間として、我が子を持ちたい、母になりたいと願うその心を否定できるなど、実は天の神ですら、許されはしないのだ。
「もし、神さまの思し召しがあるなら、俺たちにもいずれまた自然な形で子どもが授かるだろうから」
 最後に、直輝はポツリと言った。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ